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今日が明日をつくる

「種まき」という言葉が、最近なんだか胸に沁みる。

タネから植物を育ててみるとわかることだけど、タネはたいてい、微小といっていいほどに小さい。

それを、ときには発芽しやすいように表面にキズをつけたり、あらかじめ水に浸したりまでして、土にそっと埋め、芽が出ますように祈りながら水をまく。

芽が出ても、花が咲くまではまだ先が長い。
気が遠くなってうんざりして、途中で世話を放り出すことは、すなわち花を咲かせることをあきらめるのを意味する。

いつ花が咲くのか、そもそも咲かないかもしれないのに、なんとか咲かせたい、咲いてくれますようにと、日々やれることをやりながら状態を見守るしか手立てはない。

まさに、もがきながら人が生きていくことも同じで、だから沁みるのだ。

少し前にVoicyのトークテーマで「#きっかけをくれた1冊」というお題があり、少し考えて、林真理子さんの『野心のすすめ』を選んだ。
何のきっかけになったかといえば、「仕事と子育てにもがきながらも健全な野心家であろうと心に誓ったきっかけ」である。

放送のために再読しようと手に取ったのは、話題の新刊として買って読んだ2013年以来、9年ぶり。今回も付箋をいっぱい貼りながら一気に読んだ。

そのなかでもとくに響いたのはこのくだり、だろうか。

ですからやはり、早いうちから“何者”かになろうと野心を持ち、努力を重ねるに越したことはないわけです。(中略)
二十代で頑張った結果は三十代の人生に反映されるし、三十代に努力したことは四十代の充実感にそのまま比例します。
『野心のすすめ』林真理子 著(講談社現代新書)

今日は明日につながっていて、明日はまた翌日につながっていく。
生きているかぎり、バトンの受け渡しは延々と繰り返される。
だから、今日をどう過ごすかは、同時に将来の自分をつくっていることにもなる。
そんなあたりまえのことを、つねに意識して過ごすのは案外むずかしい。
でも、これは必ず、そうなのだ。
タネをまかなければ芽は出ないし、その芽を大切に世話しなければ、花は咲かない。花が咲いたことを喜ぶ日もやってこない。

「種まき」と同様、「トンネル」という隠喩も、わたしはよく使う。
今まさに自分は人生の試練を味わっている時期ではないか、と感じながら過ごしていた40代後半の数年間は、ずっとトンネルの中をとぼとぼと歩いているような気分だった。

この暗いトンネルはあとどれくらい続くのだろう。
もうずいぶん歩いたはずなのに。
そもそも、このトンネルを通るルートで、道選びは合っていたのだろうか。

そんな思いで息苦しくなりながらも、とにかく歩き続けないことには、トンネルの出口に辿り着くこともできない。

正解はわからなくても、立ち止まらず動くしかなかった。
自分の頭で考えて、こっちだと感じたほうへ動き続けること。
それが何かへとつながり、どこかへと自分を連れていってくれていることは、たしかなのだから。

今日が明日をつくり、今の判断や行動が10年後の自分をつくる。
わたしの40代は悩んでばかりの日々だったけれど、この苦しさはきっと50代の充実につながるはずだと、どこかで信じていたし、だから踏ん張れた気がする。

そして50代に入ったら、まさにトンネルを抜けたみたいに、太陽を体に浴びて、のびのびと四肢を伸ばし、深呼吸するような解放感を味わっている。

この気持ちよさは、トンネルを歩きつづけた先に手に入れたものだ。


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