No.30 暖炉と雪山、そしてワイン
もうクリスマス。日本を出発してから半年が経とうとしていた。
私は、ここで年を越そうと思った。その理由は、テカポユースホステルに飾られてる一枚の写真だ。雲の隙間から一筋の日差しが丘向こうに建つ「善き羊飼いの教会」を照らしている写真。作者は、この風景を撮るために何年もテカポに通い詰めたそうだ。その彼が、年末年始に来るというので、私は彼に会ってみたいと思った。
そしてもう一つ理由がある。ここで出会った3人の日本人ともう少し過ごしたい。
3人のうちの一人はユースホステルのスタッフ。体が大きく穏やかな性格でなんとなく頼り甲斐のありそうな彼のことを私たちは「アニキ」と呼んでいた。年は私より2つ上の31歳。
次に「えみ」。彼女は近くに家を借りており、ユースのリビングに置いてあるピアノで練習して帰って行く。その演奏は素晴らしくリビングから見える雪山とテカポ湖をバックに演奏する様は誰もが聞き惚れるだろう。元保育士。私より3つ年下の26歳。
そして「ヨシ」。ポリネシアを中心にウクレレを愛している旅人。苗字が私と同じ。祖父母の出身地が近く歴史的にも私たちの苗字は有名だったので、もしかしたら遠く血が繋がっているかもねと意気投合した。
私たちは日が暮れる頃、暖炉に火を付け炎が照らす暖かなリビングに集まった。私が釣り上げたトラウトには塩が振られ、オーブンでじっくり焼かれた香ばしい匂いがニュージーランドワインの味を一層引き立てる。
そして、えみとヨシは幻想へ引き込むような旋律を奏で夜が更けていく。
休日には、えみの燻んだ白のホンダシャトルでいろんな所へ行った。
フォックス氷河の壮大な景色の中でのスカイダイビングの興奮は、上空から見るマウントクックの氷河と青い湖の美しさによって、さらに高まった。ヨシは上空でハーモニカを加え演奏していた。その音楽は私たちの心を風に乗せ自由にしてくれた。
地元の小学校に呼ばれることもあった。私たちは特別なゲストとして迎えられ、えみは子供たちに愛され、私たちは異国の文化を伝えた。音楽と踊りで、教室は笑顔と拍手で満ち溢れ私たちの存在が、小さなコミュニティーに新しい色を加える。
地元のラジオ番組に招かれる栄誉を受けたこともあった。私たちは、ニュージーランドでの生活をリスナーに伝え、遠く離れた日本との架け橋となった。私たちの話は、異文化理解の一歩となり、新たな友情の芽生えを促す。
テカポは世界有数の星空観測地になっていた。星に詳しいヨシはツアーガイドとしてバイトし、その知識を私達に披露してくれることもあった。
空気の澄んでいる真夜中に、
「あれ、オーロラだよ!南極の方で光の柱が動いてる!」
と、ヨシが大きな目をさらに大きくさせ、見つけたことがあった。
真夏だというのに、雪がチラつくホワイトクリスマス。私たちは讃美歌を「善き羊飼いの教会」で聴き、この年は、静かに暮れていくのを感じていた。
私たちは、まだ旅の途中。年を越し、それぞれが先に進むことを考えて、ヨシはウクレレを手に、えみはピアノを弾き、私たちは星空の下で歌を歌う。この瞬間が、私たちの心に刻まれることを願う。
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