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大人になっても駄菓子屋的なわくわくをしていたいよねえ

小さい頃の駄菓子屋でのあのわくわくとちょっぴりのスリルはなにものにも代えがたいと思っている。

あれもほしいこれもほしい、けど、あれを買うとこれが買えない、あー、あいつが食べてるあれおいしそうだなー、でも予算的に、、うーん。。
よし、こうなったら金券付きおかしで一攫千金だ!やった、当たった!けど、20円か、まあ、うまい棒のめんたい味と酢だこさん買うかー、ああ、きょうもさいこうにうまい。

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100円を握りしめ、頭をフル回転させて最高の満足度を探るのだ。
なんだろう、あの独特の"失敗はゆるされない"みたいなある種の神妙さと緊張感は。

大人になると、ある程度なんでも買える。
そして、こどもにもなんでも買ってあげられちゃう。

しかし、むすめには、あの頃おれが体験した"我慢と試行錯誤"、自己による選択と決定、責任という体験を重ねてほしいと思っている。

そして、自分も、相変わらずそんな風に生きていきたい。

与えられることに慣れてはつまらない。
心は、自分の責任による判断、アクションによってでしか満たされないと思うから。

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福島県郡山市大槻町の今はなき伝説の駄菓子屋『新力(シンリキ)』
あそこは心のふるさとだ。回転焼きは高くてほとんど食べたことなかったけど、あこがれたなあ。マヨコーン。

いま、色々と仕事をしているけれど、いつだって一番やりたいのは駄菓子屋。

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