プチサンボンの香り

中学生の頃は学校指定の紺色をした冴えない制服を正しく着こなす学生で(リボンくらいあったら可愛かったのに)こっそりスカートを一巻きだけ折って膝が見えるか見えないかくらいの背伸びしかできなかった。


中二も終わりに近づいた冬、いつも通りこれも学校指定の紺色のピーコートを着て登校していたら向かいから見覚えのある同級生の姿が見えた。
見えた、というより、強烈に視界に入ってきたという方が正しいくらいに彼女は周りの生徒と一線を画していていた。

真っ赤なダッフルコートを着てこちらに向かってくる彼女は私に気付くと、おはようと声をかけてくれた。小さくも大きくもない声で。
おはようと返したけれど、同時に自分の着ている姉のお下がりのピーコートがとても恥ずかしいものに感じた。
それが彼女との初めての会話。

学校に着く間赤いダッフルコートから目が離せなくて、
いいの…?それ。とか何とか聞いた気がする。
彼女は、「私に一番似合うと思って。去年着た紺色のコートは似合わなかったから。」と当たり前のように言ったけど、私はそういうことじゃなくて、生徒指導の先生や三年生の先輩が黙っちゃいないんじゃないかとヒヤヒヤしていた。


その日案の定、各所から目をつけられ怒られたりしたみたいだけど、次の日には真っ白いダッフルコートを着てきたのを見かけた時はめちゃくちゃ彼女のことが好きになった。次第に用がなくても彼女の動向が気になって、席替えで前後になったのをきっかけに仲良くになった。


ファッションに興味を持ち始めたのは紛れもなく彼女の影響で、一緒に沢山の雑誌をめくったり、中三の夏休みはろくに勉強もしないで原宿に行ったりした。行くだけで良かった。
自転車に乗って近所の図書館とイオンみたいなところにしか行ったことがなかった私に、新しい世界を教えてくれた。
初めてのメイクも彼女から教わったし、プチサンボンのコロンの香りが良く似合う憧れの女の子だった。


彼女は学校の後は毎日バレエを習っているお嬢様で、何度か遊びに行ったお家は毛並みがツヤツヤの犬がいたり、大きな亀がリビングを徘徊していてカオスだった記憶。
家族の前で何故かあまり喋らない彼女には歳がうんと離れた恋人がいて、その恋の話を聞くのも全部が新鮮だった。話を聞けば聞くほど、彼女が本当に幸せなのかも、恋人から本当に愛されていたかも分からなかったけれど、周りの女の子たちが同じクラスの子を好きになったり、先輩を追いかけたりするのとは全然違う大人の恋だと思っていた。


中三の夏も過ぎて、もちろん高校は服飾系に進みたかったのだけど、親の反対にすんなり折れて普通科に進学。彼女はバレエを習う為に留学。
進学を機に彼女とは別々の人生になってしまった。
今思えば、同じ人生なんてないんだけどね。


いつも思い出す。
彼女の、自分の好きに生きるのに必要な量の我慢だったり、その裏側にあった悲しみの量を。
彼女が自分自身でいるために犠牲にしてきたものの全てを知る由がないけれど、それでもいつも幸せでいようとしてたこと。
子どもより大人だったし、誰よりも子どもだったことも。





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