夏闇

みっちゃんは、転んでも叩かれても泣かないわたしを、「あいこちゃんは変だ」と言った。
わたしからすると、みっちゃんの方が変だと思った。
蛙や虫を捕まえたわたしを見て、「やだ、そんな気持ち悪いの」と言った。
みっちゃんの方が、気持ち悪い。子供のくせに、いやに背が高い。ませている。
「こんな田舎はいやだ。将来絶対に都会で暮らすんだ。」
ああ、失敗するだろうな、と思った。
別に、みっちゃんのことが嫌いなわけではなかったけど、全然、田舎のよく似合う、小学生然とした浅黒い顔が何となく鼻についた。

もうすぐプール開きをするという、暑くなってきた季節、わたしはこのむさ苦しい匂いがどうも好きにはなれなかった。冬の方が好きだった。
プール開きをするにあたって綺麗に掃除された学校のプール場に忍び込んだ。もちろん扉は閉まっていたけれど、柵を乗り越えて忍び込んだ。
まだ水の入っていないプールに入って寝っ転がる。日差しが容赦なく全身を焼こうとする。

みっちゃんは失敗する。わたしが将来成功するか失敗するかは分からないけど、みっちゃんが失敗するというのは何だか予感していた。
期待ではない。予感である。
山田先生は、嫌いだからいなくなってほしい。授業中ぼうっとしていたわたしを叱りつけたから。

日光浴にも飽きて、外に出た。
「あいこちゃん、何しとるん」
と、みっちゃんが言った。
「別に」
と言って、蛇口を捻って流れ出る水で顔をバシャバシャと洗った。思っていたより冷たくて、少しだけ身震いした。
みっちゃんはよく分からないような顔をしながらも、それ以上は何も言わず、どこかへいってしまった。

夏は、楽しいことなんて何もなかった。




十年以上は経っただろうか。
同窓会で久々に会ったみっちゃんは、あんなに田舎顔だったのに、すっかり都会に馴染んだような顔をしていた。きちんと化粧をして、大人びた女性の格好をして、あの頃の面影は何処にも存在しなかった。
何だかいやらしいと感じた。
でも、そんな事を言いながらも私だって同じようになっていて、みっちゃんを見た時に、私もまるでみっちゃんと同じで気持ちが悪いと思った。
「あいこちゃんだって、分からなかったよ!」
なんて、甲高い声でわざとらしい事を言う。
みっちゃんは、私に何かを手渡してきた。
ビー玉だった。
「これさ、小学生の時、みっちゃんの机の上に置いてあって、綺麗だなと思って持ち帰っちゃったんだよね。そのまま忘れて、返しそびれたのがずっと心残りで」
申し訳なさそうに言うけど、そうやって言い訳している感じが嫌だった。
あの頃は私を避けていたくせに、今になって沢山話しかけてくる皆も嫌だった。

二次会へは行かなかった。すっかり夜になった街並みを歩きながら、煌めく月に、ビー玉を翳してみた。透明に、光が反射して、少しだけあの夏の匂いがした。そして、コンビニのゴミ箱に捨てた。煙草を買った。

みっちゃんが今何をして、幸せなのかどうかは分からない。ろくに話もしなかった。
紫煙を燻らせる。
分からないけど、顔を見たら分かる。多分失敗する人生を歩んでいるのは、みっちゃんではなく私の方だ。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?