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ギュスターヴ・ル・ボン「群集心理」から炎上リスクを読み解く

1.『群衆心理』の意義

 『群衆心理』はおよそ130年前、フランス革命以後、群衆の影響力がどんどん大きくなっていく最中、はじめて群衆に関し総体的に研究した書です。近年ではネット、SNSの浸透によって誰もが意見を世に発信しやすくなり、ちょっとした事をきっかけに世間を揺るがす事件が頻発するようになっていることは周知のことかと思います。
 SNSで悪評が一気に拡散される、いわゆる「炎上」は企業にとって風評リスクに当たりますが、実は風評リスクは数あるリスクの中で最も掴みどころがなく、計測不能なリスクのひとつです。なぜなら、風評は真偽に関わらず拡散された内容が事実として浸透してしまい、反論は許されず、その影響たるやまるで無限に賠償せよと言わんばかりの熱量を帯びるからです。そのため企業(個人もですが)は世間からどのようにみられるか、異様なまでに気を遣うようになるのです。
 『群衆心理』は古典に分類されますが、ル・ボンによる分析はまるで現代を見てきたかのように的確で、一連の炎上騒動に対して皆さんが抱く疑問に対する答え、自身の発信が炎上したときどのようにすればよいかを教えてくれるでしょう。一方で本書の内容はあまりにも有効なので、危険な書物とされています。
 本稿では、『群衆心理』を読み解き、炎上の時代を生き抜く術を学んでいきたいと思います。なお本稿は筆者の解釈に加え、わかりやすさを重視したことから『群衆心理』の内容を大幅に割愛せざるを得ませんでした。もし興味を持たれたら、原典に当たっていただきたいと思います。きっと大きな発見が得られることでしょう。

2.群衆とは何か

(1)群衆の定義

 物事を考察するにはまず考察する対象を明らかにしなければなりません。そこで最初に本稿の考察対象である「群衆」を定義します。ル・ボンは、群衆について特に定義していません。辞書を引くと群衆とは「むらがり集まった大勢の人」とあります。しかしル・ボンはただ広場に偶然集まっただけの人々というだけでは組織だった群衆の心理は備えないとしています。そこで辞書の定義に少し意味を加える必要があります。本稿では、群衆を「一時的にある目的のために団結し行動する人々の集まり」とします。

 

(2)群衆の特徴

 ル・ボンによると群衆の主な特徴は次のとおりです。
①個性の消滅
 群衆を構成する一人ひとりは極めて優秀で、すぐれた人間性をもっていても、群衆の一人になるとその個性は失われ、「自由主義者」「社会主義者」等、群衆の個性に埋没してしまいます。大勢が集まることで知性が足し合わさり、より大きな知性になるということはなく、群衆の意見は平凡化します。また群衆の意見は「みんなの意見」です。「みんな」の意見であって自分の意見ではないので、責任感も失われます。

②幼稚な頭脳
 個人が群衆の一員になる際、まるで催眠術にかかったかのように暗示にかかりやすく、簡単に物事を信じるようになります。ある一人の思い込みが伝染し、それが事実として一気に広まります。そのため、大勢で同時に観察された事象ほど誤謬である可能性が高いといいます。
 群衆は心象によって動かされ、表面的な連想による幼稚なレベルで推論します。したがって、少し考えれば全く関連性がないと分かることをも関連付けてしまいます。
 群衆は与えられた刺激によって右往左往し、あれほど強い団結力であったにもかかわらず、いとも簡単に解散することもあります。

③すぐ行動に移す
 数は力といいますが、大勢の中にいるということが群衆の構成員に無敵感覚を与えます。その結果、自分たちこそ正義という信念が生まれ、また責任感の欠如も相まって個人では成しえない行動を起こすことができます。行動は悪い方にも良い方にも働きます。非常に暴力的な破壊活動を行うこともあれば、信念に従って殉死を遂げるということもあります。良い方に働くか否かは知性によるのではなく、群衆への刺激の与え方如何で変わるのです。
また無敵感覚から、反論を許さず、少しでも群衆に歯向かおうものなら数の力をもって制圧されてしまうのです。

3.群衆の操作

 以上の群衆の特徴をおさえれば群衆を操作することは不可能ではありません。ナポレオンやヒトラーなどのカリスマは、こうした群衆の特徴をおさえていたと言われています。特にヒトラーは本書を愛読し、「断言」と「反復」などのテクニックを自身のプロパガンダに応用しました。現代において炎上商法などはあえて群衆を煽ることで自らの利益につなげようとする例といえるでしょう。
 しかし群衆を利用するというのは諸刃の刃で失敗すれば大きな代償を伴います。群衆がこうしたリーダーに従うのは宗教のごとき盲目的な信仰心を抱くため、すなわちこの人に従っていれば自身は救われると考えるためです。どうしてそのように思えるか、それはその人に十分な威厳があるからです。十分な威厳を保ち続ける限り、群衆はリーダーに従いますが、失敗により威厳が失われれば群衆は手の平を返し英雄を犯罪者にまで突き落とすことでしょう。

4.炎上対策

 ここまで群衆の特徴や操作の難しさについて述べてきましたが、最後に炎上の時代において生き抜くために群衆との付き合い方について考察したいと思います。
(1)群衆の感情に逆らわない
 群衆は無敵状態で反論するものを制圧してきます。その群衆に対して真っ向から勝負を挑むのは小舟で急流に逆らうようなものです。対抗できるのは大船、つまりは同じぐらいの威厳を持つ者でないと困難でしょう。では群衆を説得する術はないのか。ル・ボンは「まず、群衆を活気づけている感情の何であるかを理解して、自分もその感情を共にしているように装い、ついでに、幼稚な連想によって、暗示に富んだある種の想像をかき立てて、その感情に変更を加えようと試みること」と述べています。つまり群衆の感情に逆らうことなく、同胞であると装い、感情に刺激を与え、方向転換させることを説得手段としています。
 これは安易に謝罪することを意味しません。まず謝り、相手の感情をなだめること、それはそれで大事ですが、自分に非がないことが明らかである場合は「遺憾の意を表明する」など群衆への伝え方を工夫する必要があります。

(2)群衆に安易に近づかない
 君子危うきに近寄らず、という言葉がありますが、むやみやたらと群衆に近づくことは控えるべきでしょう。なぜなら群衆は移ろいやすいので、昨日の正義が明日の悪であることは日常茶飯事だからです。また群衆の一人に陥ると本来発揮できるはずの個性・能力が失われてしまいます。「みんな」の中にいるのはとても心地よいものです。逆に孤独はつらいものですが、独りでいることを楽しむ、という姿勢が重要です。

(3)誰でも群衆化するものと知る
 自分は群衆化することはないだろう、と思っていても無意識に群衆化していることがあります。「リーダーが言っていることだから」「多数決で決まったことだから(みんなで決めたことだから)」という理由で、その後何の疑いもなく実行し続けることは、ル・ボンがいう「自動人形」に成り下がった姿と言えるのではないでしょうか。

5.まとめ

 本稿ではル・ボンの『群衆心理』を題材に群衆の特徴を読み解き、風評リスク(炎上リスク)から身を守る方法を示唆しました。群衆は単純なようで捉えようがなく、理屈が通じないが力を持つ厄介な存在です。そのため「こうすれば安全」という正解はありません(実際、事件後に同じように素早く謝罪しても、許される場合もあれば許されない場合があります)。今のところ、的確な対応方法はケースバイケースと言わざるを得ませんが、本稿やル・ボンの著書からヒントを得ていただければ嬉しく思います。

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