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奥八田めぐり#2_出来るときに出来ることを。植田光隆さん


2023年7月に兵庫県美方郡新温泉町と隣町の香美町の「人と牛が共生する美方地域の伝統的但馬牛飼育システム」兵庫県初の「世界農業遺産」に認定されました。「世界農業遺産」は伝統的な農林水産業を営む地域の保全を目的に創設された認定制度です。美方地域において郡内産の牛だけで繁殖させる「閉鎖育種」を100年以上にわたり続けてきたことや、地域独自の遺伝資源を保全していることが評価されたそうです。但馬牛は松坂牛、神戸牛、近江牛、佐賀牛、飛騨牛などの素牛(もとうし)として知られ、日本の和牛の原点ともいわれています。奥八田地域ではこの但馬牛を長年、農耕牛として飼育し、但馬牛は人々の暮らしを支える家族の一員でもありました。

家族を想い、繁殖農家に。植田さんの経歴

今回、お話を伺ったのは、奥八田地域の海上(うみがみ)地区で但馬牛の繁殖農家を長らく営んでこられた植田光隆さん(73歳)です。兼業として米作りを行いながら、海上地区前区長として、さらに上山高原の保全を行うNPO法人上山高原エコミュージアムの要職をも長年務め、地域活動に取り組んでこられました。現在は、息子の秀作さんに事業を継承し、米作りに専念されている植田光隆さんのお話をご紹介します。

忙しい作業の合間に時間をいただいてお話を伺いました

植田さんは、奥八田の海上地区で3人きょうだいの末っ子、長男として1949年に生まれました。家計を助けるために、高校2年生の時からから約8年間、冬は蔵人(くらびと)として京都や奈良などで酒造りのお手伝いをしていたそうです。雪深い奥八田地域では冬に男性が出稼ぎにいくことが一般的でした。そうした中で植田さんは男手のない実家のことを考え、冬でも家で仕事ができるようにと、実家にもといた農耕用の但馬牛に加えて、素牛1頭を借金をして購入されたそう。21歳の時のことです。その後も出稼ぎをしながら資金を貯めては、牛を繁殖させていった植田さんは、26歳の時に結婚されてからは繁殖農家に専念することに。”家族が離れ離れでいるのが寂しい”という理由からでした。牛を増やし始めてから約10年の間に15頭まで増加。その頃に、同年代の仲間とともに、各自で空き家を改装した牛舎で繁殖農家を営み、1998年には牛は25頭まで増えたそうです。しかし、最盛期には40軒ほどあった繁殖農家は、代替わりした息子の秀作さんも含めて、現在は5軒に減りました。海上地域の牛は約140頭いて、上山高原に夏から秋にかけて放牧されています。運が良ければ高原で過ごす但馬牛たちの姿を見かけるかも知れません。

上山高原で草を食む但馬牛

フランスのニースなど、海外で海上傘踊を舞う

鮮やかな傘を用いた海上傘踊

海上地区には、但馬牛のほかに地域を代表する海上傘踊という町無形民俗文化財の踊りがあります。植田さんも高校を卒業してから海上傘踊を習ったそうです。当時の思い出について伺うと、「フランスのニースが神戸の姉妹都市だったことから、24歳の時に二十数人の仲間と踊りを披露しに行った。台湾や中国にも出かけて行った」と答えが返ってきました。海上傘踊は、山陰地方が大干ばつに見舞われたときに、雨乞いのために三日三晩踊り、大雨が降り出して飢饉から脱したと言われているそうです。いまでも、お盆の行事としては欠かせない踊りで、毎年、8月14日・15日には、各家の前から二人一組になって踊る、供養踊りだと教えてくださいました。そして地域の方へ代々、引き継がれているそうです。
残念ながら私はまだ一度も実際の舞姿を見たことはありませんが、カラフルな傘に大小様々な鈴を付けて踊る様は勇壮で、さぞや海外の人々の心を掴んだことと思います。

海上地区のきれいな水源を活かした米作り。うみゃーなぁー米

海上地区は、標高350m~500mの高地に位置し、奥八田地域の中でも最も標高が高い地域です。海から遠く離れたこの土地が海上と呼ばれるようになった由来は、以下の通りです。
北西に位置する牛ケ峰山が崩れ、小又川が堰き止められて海のような湖になったそうです。その湖に浮かぶ児島に人々が家を建てたことから、この地を海上と呼ぶようになりました。その後は湖の水は流れ出たといわれていますが、湖の底に沈んでいた300万年前の地層が侵食され、当時の昆虫や木の葉などの化石が多数見つかることでも知られています。同地域で見つかった化石は、八田地域にあるおもしろ化石昆虫館に多数、展示されています。
この地形を生かした地域の特産品が、「うみゃーなぁー米」です。年間および一日の寒暖の差が大きく、夏でも夕方にかけては涼しくなること。山から湧き出る冷たくきれいな水を使用することから、海上産のお米は以前から「美味しい」と評価されてきました。さらに良質な米作りを目指し、植田さん達が2007年に作り始めたのが、「うみゃーなぁー米」です。
生活排水が混じらないよう、人家のない高地の田んぼでの生産に限り、稲が健康で上部に育つよう密植を避け畝間を30cm、株間を24cmまで空けて風通しをよくすることで、病原菌や害虫の繁殖を防ぐことで農薬の使用を抑えます。さらに、畜産農家で飼われる牛の排泄物を良質な堆肥として使用するなど、こだわりの米作りを行っていることから、兵庫県のエコファーマー認定も受けています。現在、植田さんをはじめ、7人の農家さんが丹精を込めて作るお米の収穫量は、約9トン。海上地域で作られるお米の4分の1にあたります。

植田さんが丹精こめて育てているうみゃーなぁー米(6月撮影)

さらに、同地域では、「うみがみ元気村」という集落の交流拠点施設があり、地域の女性たちを中心に食堂・直売所として運営しています。2009年の「地域再生大作戦」をきっかけに、空き家を活用して2011年に営業を開始した施設は、週3日水・土・日曜日、9時~17 時(12 ~3月は10 時~16 時)にオープンしています。ここでは地元の女性たちが作る郷土料理や但馬牛を使った牛丼などを食べることができます。海上地域の一体感のある取り組みが評価され、2019年には農林水産大臣賞受賞し、2021年には近畿『ディスカバー農山漁村(むら)の宝』にも選定されています。
私自身、初めて「うみゃーなぁー米」を食べた時に、白く輝く小粒なお米に甘味がぎゅっと詰まっていて、心から”うみゃーなぁー”と思いました。今年はぜひ、新米の時期に購入させていただこうととても楽しみにしています。お米は新温泉町内の道の駅「浜坂の郷」や、「うみがみ元気村」でも購入できますので、是非、現地へ足を運んでいただきたいと思います。

空き家を改装した「うみがみ元気村」
手作りのメニューがずらり。良心的なお値段に大満足

NPO上山高原エコミュージアムの活動とともに

植田さんは、奥八田地域のシンボルでもある上山高原の保全を行う、NPO上山高原エコミュージアムの立ち上げ時から海上地域の区長として関わってきました。上山高原は植田さんにとってどのような場所か伺ったところ、「自慢の場所。NPOの活動や、兵庫県、新温泉町の関りがなければ、保てなかった」と感謝の気持ちを語ります。繁殖農家が多かった頃、上山高原は牛たちを放牧したり、茅葺き屋根の材料となるススキを採取したりと、生活資源の場として活用。その分、皆で春には山焼きをしたりと定期的に手入れを行っていました。。しかしながら繁殖農家が減り、地域の人が町へ働きにでるようになると、高原の利用が減り、笹がはびこるようになり、ススキ草原は消え失せ、高原の姿も様変わりしてしまったそうです。
私たちが普段何気なく目にする自然の風景は、何もしなくてもありのまま自然の姿を保てるわけではなく、自然と共存する地域の人々の手入れがあるからこそ、その姿を残しているのだと改めて思います。
植田さんも稼業がありながらも、地域貢献活動をされてきた4つの理由を教えてくださいました。

1.出来る人が、出来る事を、出来る時に、出来るだけ頑張る
2.自分の家を守るには、地域を守る事
3.一人では何も出来ないが、地域がまとまれば何でも出来る
4.人を呼び込むには、何かしなければ、忘れられる地域になる

奥八田という地域の中でも最も標高の高い土地に暮らす人々が、助け合い、村をとしてまとまって過ごしてきたからこその、大変重みのある言葉です。

結び

2000年から上山高原の自然環境調査が始まり、2004年に地域住民を中心としたNPO上山高原エコミュージアムが設立されて20年近く。約37haまでススキ草原を復活させてきたことは、植田さんのように”地域を良くしたい”という関係者の皆さんの想いの積み重ねだと、今更ながらにその努力に頭が下がります。
その一方で、活動を支えてきた地域住民の高齢化は進んでいます。ご縁があり、奥八田地域の自然に癒されている者として何かできることがあるとするならば、地域のことを地元の方に教えていただき、理解して、拙くても自分の言葉で伝えること。それが私に出来そうなことだと考えています。
何はともあれ、自然の恵みを存分に味わい、その感動を共有させていただくことが一番伝わると思いますので、気負わずにコツコツ続けていきます。
今は稲刈りの真っ盛り。間もなく手塩にかけた新米を口にできる日を楽しみに、近々、奥八田地域を訪れたいと思います。

この記事をきっかけに奥八田地域に興味を持つ方が一人でもいらして、NPO上山高原エコミュージアムの主催する自然体験プログラムに参加する方がいらしてくださればと願っています。

*ご参考_上山高原エコミュージアムホームページ:https://www.ueyamakogen-eco.net/

地域の交流拠点も兼ねる、上山高原エコミュージアムふるさと館

◎自己紹介記事はこちら


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