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ばれんの思い出

小学生の頃の私は、わりとぼーっとしていたと思う。
その日は、夜になって翌日の美術の時間に使う「ばれん」を用意していないことに気づいた。

ばれんとは、木版画を刷るときに版木の上に重ねた紙を上からこする道具である。今の小学生も版画の授業は行われているのだろうか。子供がいないとそのあたりの事情がごっそり分からない。

焦って「明日、ばれん持っていくんやった!」と母に訴えたが、今のように夜遅くともコンビニに走れば大抵のものは入手できる時代ではない。一般家庭にばれんが常備してあるはずもなく少しパニックになったが、忘れた人用にいくつか用意してあるはず…と観念して寝た。

翌日、食卓の上にばれんが置いてあった。「これ、どうしたん!?どうしたん!?」と騒ぐ私に母は「作ってん。」家にばれんはなかったが、奇跡的にばれんを作る材料はあったらしい。当時、肉屋さんで買い物をすると竹の皮で包んでくれた。その皮を洗って保存してあったのか、冷蔵庫にちょうど竹皮にくるまれた肉が入っていたのかはおぼえていないが、丸く切った厚紙を竹皮で包み、しっくり手になじむように作ってあった。天才。

材料があったとして、作り方は完全自己流。「ばれん 版画 作り方」で検索して…とかできない時代。私が寝た後に竹皮の存在を思い出し、せっせと作ってくれた母の、ひらめき、物持ちの良さ、手先の器用さ、すべてに感謝である。

授業中、みんなのばれんをさりげなくチェックしたが、母作のばれんは見劣りすることなく、使い勝手もじゅうぶんであった。

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