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恋と愛は違うのかもしれない。/「ファーストラヴ」島本理生 

 ※2022年執筆のため「今年」がズレています。

間違いなく、今年イチ好きな本。今年刊行されたわけではないですが、私が読んだ中で一番好きな本でした。この本は、そう断言できる程に私の心を掴んで離さない。着眼点の細かさと複雑な構造をスッと理解させる文章力。そういった技巧も凄まじいのですが、それに熱量が掛け合わさって、まるで映像を観ているかのように情景が浮かび上がってきます。

 「ファーストラヴ」の主軸は、父親を殺したとされる環菜の裁判までの過程と、それに伴って明らかになる過去の影。しかしそれに並行して、事件の執筆を依頼された臨床心理士の由紀の過去と現在がかなり丁寧に描かれています。この2つの軸が邪魔をし合うことなく展開されていくのです。どうやって書いているんだろう、と不思議で仕方ないです。

 この本の主な登場人物は4人。父親を殺したとされる容疑者「環菜」、弁護人の「迦葉」、彼女の本の執筆を依頼された「由紀」。迦葉と由紀は大学時代の同級生で、関係が深かったことが窺えるのですが、冒頭では詳細を明かされず。そして、最後の主要キャストが由紀の夫であり迦葉の義理の兄でもある「我聞」です。
映画化された際のフライヤーを見てもこの4人が主要であることは間違い無いでしょう。

 さて、この中で主役を決めるなら誰でしょうか。私は「我聞」だと思います。確かに登場回数は4人の中で一番少ないです。映画版フライヤーを調べても、我聞は一番小さく載っていて、彼のいないバージョンまであります。

 でも、私はこの「ファーストラヴ」を貫いているのは我聞のあたたかさだと思うのです。そして、この我聞の存在が、この本を島本理生作品の中でも一線を画した物語に仕立て上げている、と確信しています。

 主題歌であるuruの「ファーストラヴ」にこんな一節があります。

拭っても払えない 悪い夢みたいに
まだどこかにある陰に きっとあなたは気付いていた
uru 'ファーストラヴ' より

 こんな愛があるでしょうか。トラウマも、言っていない過去も、全部包み込んでくれる優しさ。実際にこんな風にされたら、疑ってしまうんじゃないでしょうか。この歌詞は由紀と我聞への当て書きで、まさに我聞はこんな人でした。これが愛なんだな〜って思いました。

傷を隠して生きるしかない世の中。でも、偽っているとたまにプチッと限界が来てしまいます。普通になれなかった、明るくいられなかった。どう考えてもその傷がまだ痛いはずなのに、そんな時に襲うのは傷の痛みではなく激しい自己嫌悪です。上手く穏やかに生きられなかったことへの自己嫌悪です。

そんな時に、我聞さんがいてくれたら、居てもいいんだなって思えるのではないでしょうか。作中の由紀は、そう思っているのではないでしょうか。

私にも我聞さんがほしいです。


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