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発音の練習は、おうちや園でやってはダメ?

こんにちは、言語聴覚士のななさんです。
言語聴覚士(げんごちょうかくし)は、ことばときこえの専門家、国家資格のセラピストです。ななさんは、お子さんのことばの発達や、脳の後遺症を持つ方の言語障害を支援する仕事をしています。
今回は、表題の通り発音にまつわるアレコレをQ&Aでお届けいたします。

発音の相談は、何歳から言語聴覚士の先生のところに行けばいいの?

自治体の保健所を訪問した際、健診や発達相談窓口を担当される保健師さんに必ず聞かれる質問です。模範解答はありませんが、さまざまな文献や時代の趨勢をかんがみるに、以下のようなお答えが妥当かなと思います。

サ行カ行が言えないといった特定の発音のお悩みは、そのほかの発達に気になるところがなければ5歳から練習を開始して就学に充分間に合います。
側音化構音(そくおんかこうおん)という、治すのに根気が要るケースの場合、就学してからもしばらく練習が必要なことや、練習自体をあとから開始することがあります。

反対に、カ行ラ行の場合では4歳から練習を開始できることがあります。とくにカ行の場合、発音できないとお話が相手に伝わらないことが多く、本人が自信を無くしてしまいがちです。はやめになおせるならなおすに越したことはありません。

特定の音以外にさまざまな音が言えない・とにかく不明瞭という場合には、発音の問題というより言語発達全体の問題の可能性があります。年齢にとらわれず、はやめの相談を推奨します。

 1歳半や3歳児健診をパスしてきたお子さんであっても、発音を入り口にことばの発達の軽微な遅れや気になるところが出てくるケースがあります。
この場合には、発音の相談でいらしたとしても、必要なのは発音の指導だけではなくトータルな支援かもしれません(発音の指導もします)。

発音の練習は小学校受験に間に合う?

こちらも、お子さんの小学受験を考えているお母さんからよく聞かれます。
受験指導のプロ(恵比寿でお世話になっている塾の先生です)にお伺いしたところ、小学受験ではさまざまな面から評価を受けるので、必ずしも発音が理由で落とされるかというと、そうとは限らないそうです(現に、私立小学校や中学校に在籍しているお子さんの発音指導をすることはよくあります)。ただし、面接のときに発音がキレイだと多少の印象の差はあるだろう、とのこと。

発音に限らずお子さんの発達全般に言えることですが、月齢(生まれ月)の速い・遅いによって発達の段階は異なります。同じ年長さんでも、4月生まれと3月生まれでは発音の発達が異なっているのが当然です。

月齢の影響外でも、発達に個人差があったり(個人間差)、個人のなかでも各能力にばらつきがあったり(個人内差)するのは、よくあることなので、受験のタイミングと発音練習のタイミングがうまくマッチしないというケースも珍しくはありません。周囲の環境の都合に合わせて成長を早めることが難しい場合もあります。

でも、ご要望があれば、なるべく間に合わせるよう練習メニューやスケジュールを工夫して組みます。「必ず間に合います」とは言いにくいのですが、できることから始めていきましょう、とお伝えしています。

もう小学生なんだけど、いまからでも発音練習はできる?

はい。遅すぎるということはなく、発音練習は何歳からでも取り組めます。一般的には、脳が若いほうが習得や定着はよいといえそうです。
ただ、わたしがお会いした小学生・中学生・高校生・大学生・社会人の方すべて、練習は適応でき、キッチリ改善されています。

なお、公立の小学校に通われている方の場合、「きこえとことばの教室」という通級指導級に在籍する制度を利用することができ、そこでも発音の指導を受けることができます。きこえとことばの教室では、学校の先生が発音指導を担当してくれ、通常授業を抜けて通います。

「発音の練習は専門家に」?

言語聴覚士養成校では、「発音練習は必ず言語聴覚士や専門の先生の指導のもとで、おこなってください」と親御さんや保育士さんに伝えること!と習います。自己流の練習はNGということですね。

それを習った当時は深い理由を考えることもなく、”そういうもの”として納得していました。

それから、幾星霜・・・

サ行やカ行が言えない・側音化構音がある大人の方向けに「大人の発音矯正」というプログラムを立ち上げたところ、数多くの問い合わせをいただくようになりました。

そうした方に、わたしは「これまで、発音のことでどこかに通ったり相談に行ったことはありますか?」とお尋ねします。
すると、返ってくる答えはNO

そもそもこれまで、「母国語の発音を直す専門職の存在」にアクセスできなかったらしいのです。

それじゃあ、我々がやってた「発音の練習は専門家に」の啓発は、いったいなんの意味があったのか・・・正直、びっくりしてしました。
これほどの数の発音の悩みを抱えて困っている人が世の中には存在していたのに、ですよ。まったく情報をキャッチしてもらえていない。

困っている人が積極的にお調べになって、それでどこを窓口にしていいかわからないというのは、なかなか言い訳しづらいと思います。完全に業界側の責任だと思うんですよね。

情報にアクセスできるほど充分に整備されていない状態で、「発音指導は専門家に」はおかしいですよね。さらに、発音指導ができる言語聴覚士(=小児指導経験のある言語聴覚士)は全国にものすごく少ないので、情報を得ても窓口が満員で支援を受けられない人も居ます。

今後、地域ごとの支援体制の格差により、そうした状況はさらに拡大します。はたして、このような状況下で「発音指導は専門家に」は本当に正しいのでしょうか?

発音の指導はおうちや園でやってはダメ?

完全にわたしの意見ですが、発音練習はご家庭で、園で、どんどんやってみてください。方法がわからないというかたは、わたしのInstagram が参考になります。

ご家庭で保護者の方が教えてもいいし、保育士さんが園児さんにおこなってもいいです。そして、専門家はそのハウツーを惜しまずじゃんじゃん出していったらよいのではないでしょうか。

もともと医療ではたらく言語聴覚士は「医療行為」のラインに敏感です。
これは勝手にやってはいけないんじゃないんだろうか・やりすぎるとマズいのかもしれない、、、なんとなくそんな気がして尻込みしてしまうことが多々あります。

でも、それは気のせいで、発音練習を素人がちょっとやってみたり、それに失敗したくらいでは、たいしたことは起こりません。

医療行為には「侵襲性」という概念があったと思います。その人のからだやこころにどの程度負荷がかかったり、不可逆な変化やダメージを起こすかの程度のことです。
発音の指導は身体への侵襲性がほぼゼロなので、「やらない」より、「とりあえずやってみる」ことのメリットがあります。ダメなら諦めてまた今度やればいいです。

さらには、専門家の人数の少なさや情報拡散の弱さから、言語聴覚士という資格で独占するメリットよりもデメリットのほうが大きい現状です。

<発音練習を言語聴覚士が独占するメリット>
・言語聴覚士を目指してサービスを探し、利用してくれる
・資格が持つ価値が高止まりする

<発音練習を言語聴覚士が独占するデメリット>
・指導機関の情報がすくない
・指導してくれる機関の枠がすぐ埋まってしまう
・多くの人のノウハウが集まりづらく、技術の進歩が少ない
・熱心な保育士さんや先生にもできることがあるかもしれない
 (人的リソースを無駄にしてしまっている)

自分たちの技術を開放してしまったら、言語聴覚士という資格の価値は目減りするのか?

これまで、保護者の方や保育士さん向けの発音指導の情報はほとんどありませんでしたが、わたしはInstagramで「なな先生の発音教室」と題し、発音練習の方法をどんどん開示しています。

自分たちの技術をつらつらとネットに書いてしまったら、私たち専門職の価値は目減りしてしまうのでしょうか。
それを実験するために、わたしはInstagramにこのような投稿をしました。

さ行の練習

これまで業界内で門外不出(!?)だったサ行の練習方法を、記事にしてインスタグラムにて保護者の方向けに投稿したのです。
これがその当時過去最大のPV数を達成しました(1万5千くらい)。

その後、わたしのところへ来るお客さんは減ったのか。―――結果は、その逆でした。
発音の練習方法の記事をみて、「専門家の人に見てもらおう」と来てくれる人がむしろ増えています。

わたしにとっては事件ともいえるこの出来事からは、いろいろと考えることがありました。
ひとつは、「ただちに専門家に」を推奨する臨床スタイルは、もう時代に合っていないのではないだろうか、ということ。
というか、まずは家庭で、学校で、園で身近なところでやってみて・試してみて、トライから経験を得た上で専門家を頼るという流れがすでにあって、いったん流れてしまったそれは止められないのではないだろうか、ということです。

技術の探求に天井はないため、すこしくらい出したからといってセラピールームでやることはそうそう無くなりません。むしろ軽症例が自宅のちょっとした練習で改善したら、混雑している窓口もすこしは緩和してくるのではないでしょうか(いまそんな気配はまったくありませんが)。

いま持っているものを惜しまず開示することで、その反響から新たな可能性が生まれる。これまでの方法を定石としてセーブすることで、新しい戦法にチャレンジする余地が生まれてくる。言語療法の可能性に上限が無くてよかった。「専門家のほうにむしろ集合知が足りない」2020年5月25日https://note.com/nanu/n/n6e6da0fad6ea


おしまい。

いただいたサポートは、ことばの相談室ことりの教材・教具の購入に充てさせていただきます。