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側音化構音 イ段音(ち・し・じ・き)が言えないお悩み

こんにちは。
言語聴覚士の寺田奈々と申します。
ことばの相談室ことりという小さな言語相談室を主宰しています。

ことばの相談室ことり(以下、当相談室)には、毎月たくさんの大人の方が発音のお悩みにご来室されます。
数としては、月に2〜5件ほど、年間50件ほどの新規相談をいただいています。

大人でも抱える発音のお悩み

発音のお悩みと聞くと、小学生くらいの小さなお子さんの話かな?と想像される方もいるかもしれません。しかし、小さい頃からずっと発音のお悩みを抱えたまま、大人になられてからご相談に見える方も多くいらっしゃいます。

なかには、特定のご病気の後遺症による「構音障害」の場合もありますし、舌小帯短縮症などの口腔内の形態異常が背景に見つかる場合もあります。
ですが、当相談室でお受けしているご相談の多くは、機能性構音障害という「特に原因のない構音の誤り」に該当する方です。

機能性構音障害=特に原因のない構音の誤り

特に原因が見当たらないことを、「機能性」と呼ぶことがあり、「構音障害」とは発音の誤りや発話が不明瞭であることを指します。
「機能性構音障害」では、特定の音が言えない・濁った音になってしまう・言い方が分からない・他の音に置き換わってしまうなどの発音のときの"くせ"のようなものが生じています。
たとえば、サ行や「つ」が言えない、カ行が言えない、ラ行が言えない、といったお悩みがあります。

●サ行の音が、「たとぅてと」「しゃしゅしぇしょ」「ちゃちゅちぇちょ」などに置き換わる
例:さかな → たかな・しゃかな・ちゃかな
●カ行の音が、「たてと」ガ行の音が「だでど」などに置き換わる
例:さかな → さたな/がっこう → だっとう
●ラ行の音が、「だでぃどぅでど」「やいゆえよ」などに置き換わる
例:らいおん → だいおん・やいおん

上記に挙げた例は、どちらかといえば、お子さんに多い発音のお悩みです。大人の方には、「側音化構音(そくおんかこうおん)」と呼ばれるイ列音(イ段音)の「ち」「し」「じ」「に」「り」などが言えず、音が歪んでしまうお悩みが圧倒的に多いです。

50音表のうち、イ段(列)の音が歪む

側音化構音(そくおんかこうおん)

側音化構音とはどのような発音の誤り(苦手)なのか、ご説明していきます。

●言いにくい音

「し」「ち」「じ」「き」「ぎ」「り」「に」「ひ」など
五十音表の「い」の段が言いづらい
※ エ列音の「け」「げ」が言いにくい人もいます
※ 大人の方で、サ行音、ザ行音、「つ」が全般的に言いづらい、という場合には、「側音化構音」ではなく、「口蓋化構音(こうがいかこうおん)」の可能性があります。

●出しわけがまぎらわしい音の傾向

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  • 「し」と言っているのに、相手には「ひ」や「き」に近く聞こえる

  • 「ち」と言っているのに、相手には「き」に近く聞こえる

  • 「じ」と言っているのに、相手には「ぎ」に近く聞こえる

  • 「り」と言っているのに、相手には「ぎ」に近く聞こえる

  • 「き」「ぎ」は「き」「ぎ」に近く聞こえるけれど、こもったような濁りが聞こえる

  • 「ちゃちゅちょ」「しゃしゅしょ」「りゃりゅりょ」など、拗音(小さい「ゃゅょ」が付く音)は全体的に苦手

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●そのほかに気になること

  • 同時に、口の中で唾があわ立つようなジュッという雑音も聞こえる

  • 空気が口のわきから漏れているような感じがする

  • 口の一方のはじが横に引きつれるように動く

  • 下顎が上下ではなく、左右に動く(擦り合わせるような回旋の動き)

どうして起こるの?ー口の中ではどんな動きが…

側音化構音でない人の発音では、空気が口の中央(正中)を通って「し」や「ち」が話されます。
側音化構音の場合、左右のどちらかに、息の流れが偏っていることがほとんどです。下顎を左右どちらかにずらし、もう一方の口角(唇の端)を横にグイッと引き、口のはじに息の通り道を作り、そこから「し」や「ち」の音を発しているようすが見られます。
そうすると、息が口の中央ではなく、はじから流れ出ます。
口の中では、舌の偏りがみられます。舌は通常、口のなかで身体の正中軸に沿った位置で前後や上下に動きます。ところが、側音化構音の場合には、舌の左右どちらか側がべったりと上顎や上の奥歯の内側にくっついた状態のまま話している状態、左右の動きのアンバランスが起こっています。

側音化構音の仕組み(メカニズム):舌の位置・動かし方が左右どちらかにズレている

一口に側音化構音と言っても、個人差と程度がいろいろとあり、人によって苦手な音も違います。
他の音も含めて、話しているときの舌の使い方全体のバランスが悪いこともあるため、言語聴覚士などの発音の専門家による評価と指導を受けられることが望ましいでしょう。

側音化構音は自然に治る?

側音化構音は、自然には治りにくいです。
「さかな」が「ちゃかな」になる、などの赤ちゃんことば(※ 幼児発音/幼児構音と表現します)であれば、成長に伴って標準的には5〜7歳ごろ、何も特別な指導をせずとも「さしすせそ」の発音を獲得することもあります。※5歳を過ぎて言えない音がある場合には、言語聴覚士などの支援を受けられると望ましいです。

ですが、側音化構音の場合には、放っておいて正しい発音が自然に獲得されることはほとんどありません
当相談室には、長年発音のお悩みを抱えたまま大人になられたかたがたくさんお見えになります。
物心ついてから、自力で治されたという方には何人もお会いしたことがありますが、ネットの情報を頼りに練習を継続されたとおっしゃっておられました。

側音化構音の治療方法や練習方法は?

はじめに舌の脱力・母音の「い」の発声練習など、舌の構えの練習を行います。それから個別の発音の練習に移ります。また、長年、舌の使い方の"くせ"が残っている背景に、もともとの口周りの筋力や協調運動の弱さがみられることもあります。そうした場合には、ジムのパーソナルトレーニングのように、口腔周囲の筋力基礎トレーニングをご紹介・導入することもあります。

●舌の脱力・安定

個人差がありますが、側音化構音の方は、舌の先や周りの筋力が弱いケースがあります。舌を前に出した状態で柔らかく保つことが難しく、舌に力が入って棒のように細長くなったり、舌の先がまるまったりします。また、普段から"落ち舌"といって、安静時に口の中で舌が下がっていたり、下顎ごと下がって口呼吸の習慣がついていることもあります。
発音滑舌の練習のためには、「舌の脱力」や「舌の安定」を目指す練習を行います。
舌全体を少し口の外に出し、適切な緊張・脱力のバランス状態で10〜30秒ほどキープできるようになるまで練習します。
シンプルな課題ですが実際に行ってみると意外に難しく、無意識にできるまでには時間がかかることもあります。

聞き分ける力も重要

また、大人の方は長い時間ご自身の発音を自分の耳で聴き続けてもいるので、「濁り・歪みの無い発音」と「濁り・歪みのある発音」の違いを聞き分ける耳を育てていくことも重要になります。
「自分の声を聴くのは苦手」とおっしゃる方も多いですが、当相談室では録音をお録りして、正しい音が言えている状態を繰り返しご自身の耳にも聞かせてインプットさせる方法で練習をすすめていきます。

個別の発音の練習は、いくつかのブロックに分けておこなう

舌で出すイ段子音は合計8つあります。また、「ちゃちゅちょ」などの拗音とよばれる小さい「ゃゅょ」が付いた音にもイ段の「ち」が含まれており、拗音にも歪みが現れることが多いです。
イ段すべての音が苦手な人であれば、練習が必要な音がたくさんあります。


拗音を含めると、「イ列(段)」の音は種類が多い

母音:い
子音:
<直音>
 ち・し・じ・に・り・ひ・き・ぎ
(け・げ)
<拗音>
 ちゃちゅちょ/しゃしゅしょ/じゃじゅじょ/にゃにゅにょ/りゃりゅりょ/ひゃひゅひょ/きゃきゅきょ/ぎゃぎゅぎょ

練習の対象は言えない音すべてですが、ブロックに分けて進めるのがポイントです。

●母音のい

子音と母音では、まずは母音が基礎になります。
日本語は、例外の「ん」や小さい「っ」を除いたすべての子音が母音とセットで話されます。
そのため、母音が歪んでいると子音もその影響を受けて歪みやすくなります。子音の練習を続けていてもなかなか完全に改善しない、という方に、母音の「い」の練習を導入すると、完全な改善に至ることがままあります。

母音「い」が大切

●舌面前方をぺたっと付けて離す「に」・尖端を丸めて"はじく"「り」

「ち」「し」「じ」の音の歪みを悩んでご相談に来られた方、よくよく聞くと「に」「り」の音も歪んでいることがあります。「に」の歪みはわかりづらく、「り」の発音は一般的に個人差が大きい音なので、歪んでいることをご本人でもあまり気がついていないことがあります。

「に」は、舌面前方をぺたっとつけて真っ直ぐ下に離す
「り」は、舌をくるっと反転させて上の歯の歯茎よりも後ろ側に当て、顔の正中軸に沿って振りおろす(はじく)

このようにご説明します。
「顔の正中軸に沿って〜」などと、やや独特な表現を使ってしまっています。テキストでは伝わりづらいかと思いますので、お悩みの方はレッスンを予約していただければと思います。
「り」の音は1回1回の発音における舌の動きが大きく、スピードも速いため、よい筋力トレーニングになります。「り」を練習しているうちに舌の筋力が付き
他の音も言いやすくなってくる、ということがあります。

●舌の尖端を繊細に使う「ち」「し」「じ」

最も獲得に苦労するのが、この3つの音です。この3音は、ほとんど出し方が同じなので、3つとも同時並行で練習を進めていくのがオススメです(1音ずつ進めてていると、他の音の歪みに釣られてせっかく練習した音が元に戻ってしまうことがあるのです)。
舌の面をたいらに、横や後方ではなく、前方に動かします。後ろに動かす音だと思っていた、とびっくりされる方も居ます。

●舌の後方を使う「き」「ぎ」

カ行・ガ行は舌の奥で出します。試しに、「が」や「か」を言っているときの口の中を鏡で覗いてみてください。舌はいつもより奥のほうに下がっていて、発音し終わるともとの位置に戻ります。
側音化構音は、左右どちらかにずれていることで歪みが生じます。なので、奥・真ん中で言うことができれば改善は目の前です。
たとえば、奥・真ん中を意識しながら「くぃっ」と言いながら、だんだん「き」に近づけていきます。すでに言えている他のカ行ガ行の音に近づけていく方法で修正すると、分かりやすいと思います。また、鏡を見ながら下顎や口元が真っ直ぐな動きをしているかどうか、必ずチェックしてください。
「き」「ぎ」の歪みは響きやすく目立ちやすいので、気にされる方が多いです。ただ、音の出る仕組みは単純なので、「き」「ぎ」のみであれば、自力でなおせることも多いようです。

練習はどのくらいかかる?

一般的には、40分から60分程度のマンツーマンのレッスン(リハビリや訓練と呼ぶところもあります)を対面で、座って、言語聴覚士と2人で行います。
「1週間に1回続けて、おおよそ1~2年程度かかる」と言われることもありますが、当相談室では、1〜3回ほどのレッスンでほとんど改善されていかれます。あとは自主トレで取り組んでみます、となり経過観察になる方もたくさん居ます。
練習方法さえ分かればあとは自力で、とするのもよいと思います。

普段は無意識に話している口や舌の動きを意識しようとすると、意外と難しいもので、はじめは苦労される方が多いです。
また、練習したことを普段の話し方に定着させるのに時間がかかります。音ひとつや単語、音読などでは言えるようになったのだけれど、日常会話では気をつけられない…という方も多いです。一度、言語聴覚士にご相談されることをおすすめします。

まとめ

側音化構音は、特に原因がみつからない"機能性"の構音障害のうち、「特殊な構音操作の誤り」に分類される音の誤りのひとつです。発音をするときの舌の動き(運動)が、側音化構音を持たない人の舌の動きと異なっていることに音の歪みの原因があります。

お子さんの場合には、就学前は療育・発達センター、子どもの治療を行っている病院などに相談窓口があります。就学後は、公立小学校の数校に1つなどの範囲で設置されている「きこえとことばの教室(通級指導教室)」にて指導を受けることができます。
けれども中学生以上〜大人の方が相談できる施設は現状とても少なく、悩みをかかえながら生活されている方がとてもたくさんいらっしゃいます。

社会では「側音化構音」はまだあまり知られておらず、周囲の理解が得られないことも多くあります。
ことばの相談室ことりでは、これからも大人の方の側音化構音のご相談をお受けしていきます。何か気になることがあれば、ぜひご相談ください。

ことばの相談室ことり

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