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はちどりの感想(ネタバレあり)

京都みなみ会館で鑑賞。
一席開けた状態だけどほとんど満席。
既にクチコミでの評価の高さが伺える。

とにかく鬼の様に演出が上手い。特に手を使ったシーンが印象に残った。
指を動かしたり、頭を撫でたり、お茶を入れたり、料理する動作、食事の時の箸の動かし方など登場人物が生身でしっかり生きている感じが伝わってくる。
こういう何かの動作一つ一つの切り取り方に感動を覚える感覚は、僕の大好きな是枝監督の「奇跡」を連想した。
監督自身が自分の中学生時代の自分を愛を持って肯定しているみたいでそういう動作自体に「奇跡」が宿っている様な感覚になる。

女性監督の半自伝的な思春期の時に感じていた家族関係、友情、恋、将来への悩みや葛藤を描いているという意味では「レディ・バード」とも同時代性がある気がする。

ただ94年の韓国が舞台で、その時その場所でしかない空気感の描き方でしっかりオンリーワンの魅力がある作品だと思う。

繋がっていたものが崩れていく突発的な不幸、それをはちどりの様に一生懸命に藻掻きながらでも飛び越えていこうとする希望を感じるラストだった。

ヨンジ先生との関係

「レディ・バード」と違うのはお姉さん的に出てくるヨンジ先生の存在。

彼女がいるのでウニの心がそこまで壊れることがないという安心感がある。

ウニが自分だけが感じている(と思っている)世界の不公平さや違和感に対して「あなたは間違っていない」と優しく理解を示すシーンがどれも本当に素晴らしい。

世の中にある絶望に対して「私は指が動かせる」という話をするのだけど、ウーロン茶を入れたり彼女がウニに対してしてあげる手の仕草一つ一つに敬意があって自分が果たせなかった希望をウニに継承している様で感動してしまう。

あと監督の中学生の時の半自伝的な話と言いつつ、ヨンジみたいな優しく話を聞いてくれる人が実際に居た訳じゃないらしい。(モデルみたいな先生はいたらしいけど自分と仲が良かったわけじゃないとパンフに書いてあった。)
僕はこれが必死に藻掻いていた中学生時代の自分を今の自分がフィクションの中から改めて優しく導く様な監督自身のセラピー的な意味合いになっている気がした。

繊細な家族間の空気の切り取り方

家族との関係性もウニ目線では「私の事を誰も分かってくれない」という絶望感があるのだけど、所々で他の家族が彼女を心配している様な描写が入ってくるのが記号的な家族の構図には落とし込まないという監督の意志を感じる。

長女の夜遊びに関して、家父長的な論理で「お前の育て方が悪かったんだ!」と母親に対して責めるんだけど、普通に「お前こそ好き勝手ほっつき歩いて全然人の事言えないだろが!」と言い返して電球で殴って流血沙汰になるシーン。

長女はずっと泣いているし、お兄ちゃんも蹲っているので家族の風景としては地獄なのだけど、夫婦的には喧嘩をやめて割と冷静に傷の手当てをして「はい、喧嘩終わり」って空気になっている。

そして翌日には2人で一緒にテレビ見ながら笑ってて、それを何とも言えない表情でご飯を食べながら見つめるウニ。

ウニ同様観てるこちらからすると、笑っていいんだか、悲しんでいいんだか、みたいなバランスになっているのが僕はとても好き。
こういう感じでなんだかんだありながら家族が続いてきたんだなぁ、、、って説得力がある。というか夫婦とその子供との間で関係性の温度差があるというのはどこの家族でもありそうだし凄いリアル。

こういう「あんまり映画で観たことないけど確かに家族間でそういう感覚のズレってある、、、」っていうリアルだけど言葉に出来ない空気感の切り取り方がとても新鮮。

もちろん男性優位的な構図に支配はされているのだけど、父や兄もその構図に意識的か無意識的か分からないけど心底疲れ切っているので、思わず感情をコントロール出来ず娘の手術や、橋が崩れて姉が生きていた事に涙を流してしまう所で情けなさと愛おしさを同時に感じてしまうどちらも素晴らしいシーンになっていたと思う。
でも、それを見てなんとも言えない顔をする女性達の表情をしっかり映しているのが湿っぽくないし甘くないトーンでまたいいんだよね、、、。

母親と叔父さんの関係はあまり説明がないけど観ていて辛くなる。要はウニの3兄弟の未来の姿としても見えるのでウニの兄との関係のどん詰まりな未来を示しているみたいに重なる。でもラストのウニを見つめる母親の視線や、ヨンジ先生からもらった言葉を胸に生きていくであろう彼女の未来に少し希望を感じるバランスなのが本当優しい作品。


当時の韓国の空気感

先生の不良認定のルール設定があまりにデストピア的で今の感覚だとコミカルにすら感じる。
「カラオケに行かず大学に行くのだ!」みたいなのを連呼させる所とかひど過ぎて笑ってしまう。しかし今だって価値観の押し付けをしてくる圧力はどこの国やどこの学校や会社だっているわけで、あんまり他人事でもないので笑いながらもチクチクしてくる。

通学路の立ち退きの看板が気が付いたらなくなっていく所など、韓国の国政とか知らなくても時代が変わろうとしてる感じが伝わってくるし、セリフじゃない所でなんとなく嫌な空気感を表現する手腕がやっぱすごい。

そういえばウニちゃんの描く漫画の絵がめっちゃ日本の少女漫画風で94年にしてもちょっと古い感じがして不思議だったのだけど、今発売中の「ユリイカ」の解説読んだらこの時期キャンディ・キャンディとか日本の漫画が人気だったそうな。
服やリュックとか何とも言えないディスコ描写も結構こだわっているぽかったしこの時期の中学生が興味があったものの再現度もかなりこだわっているんだろうな、っていうのが全く韓国の時世を知らなくても伝わってくる感じ。

ウニ

大人っぽさと幼さの両方を兼ね備えた表情の数々が演技なのか素なのか分からなくなる位素晴らしい。家族の前での顔、恋人の前での顔、友達の前での顔、後輩の前での顔、そしてもちろんヨンジ先生の前での顔、それぞれの表情が全然違う気がして少し長い上映時間の間も観ていて全く飽きない。

タイトルの「はちどり」を表す様な、トランポリンや地団駄踏みながら「飛ぶ」シーンが印象的に入る。トランポリンの所は非常に狭い囲いの中で女の子二人が窮屈そうに跳ねている絵がこの映画を象徴してる様で本当にスマートな演出。あと飛び跳ねてる無邪気さがこの歳にしか出ない若さも体現してる様で単純に可愛らしい。

演じるパク・ジフさんの存在感にやられた感があるので今後も出演作チェックしていきたい。

一見すると大きい事件は起きないので地味な作品に感じるのだけど、小さな仕草の一つ一つに登場人物の魅力が詰まっていて、観ていて一つも取りこぼしたくないという感覚になってくるので、映画館の大きいスクリーンでこそ観る価値が増す作品だと思う。

パンフの監督インタビューで「将来的には戦争映画撮ってみたい」って言ってたけど実現したら「この世界の片隅に」クラスの傑作を撮れそう。キム・ボラ監督今後の活躍も楽しみだなぁ。

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