#ハンド全力の感想(ネタバレあり)
イオンシネマ京都桂川で鑑賞。
コロナの第二波の影響でいよいよ映画館はガラガラになってきた印象。
松井大吾監督最新作。
「私たちのハァハァ」と「君が君で君だ」を鑑賞していてどちらも好きだったのでかなり楽しみにしていたけど、僕は今作が1番好きになった。傑作だと思う。
現代の若者のリアルさ
お話し的には実話モノ?と思える位、今の若者の物語として説得力があった。
SNSを利用して目立って自分の承認欲求を満たす&それが震災復興を応援するという世の中的に「良き事」となっているので、自分にとっても世間にとってもウィンウィンな関係で最初のうちは良い。
だけどどんどん騒ぎが大きくなって、大人達が動き、お金が絡むようになるし、本人達も有頂天になり事態がコントロール出来る範囲を超えてやがて大炎上してしまう。
コロナの流行している今だからこそ似たような事が沢山あって、より身近な話題に感じる。
転落のきっかけがちゃんと真面目に練習をし始めた事による不注意というのも辛い。
でもそこから自分の中で生きがいにしていた「評価」から離れ、本当の自分の気持ちと向き合っていく描写がとても丁寧。
台所での母親との会話、けがをした七尾との会話、近所のおじいちゃんが亡くなったことがきっかけで出会うかつての親友との会話、納棺師の兄との会話。
決して強い言葉で励まされる訳じゃなく、身近な人とのちょっとしたやりとりの中から少しずつ希望を掬い取っていく様でどのシーンも素晴らしくてチビチビ泣いてしまう。こういうリアルで何気ないけどそれ故に優しい会話の演出が松井監督は上手いなぁと思う。
試合直前の七尾が撮った写真をインスタグラムに上げ、それが届くべき人に届いていくラストで決してSNSを否定する様な映画にもなっていないのが素晴らしいバランス。
そしてマサオが他人からの評価や震災の不幸を超えて「好きな事を好きだからやる!」というシンプルで普遍的な着地で映画が終わっていく切れ味に泣いた。
登場人物の魅力
彼らを見守る大人達もとても魅力的。
本人達はネット炎上の精神的なダメージを受けているのだけど、実際近くにいる大人達は「そんな気にすることないじゃん」みたいなスタンスなのが優しい。
パンフレットを読んだら子役、元子役を中心にしたキャスティングの狙いが「被災地としての熊本の今」と「子役論」をかけ合わせる狙いだったというのが面白い。
映画でも分かる通り熊本の復興は全然終わってないしそれでもそこにずっと居続ける人達と、かつての活躍の後もしっかり芝居の世界の第一線に居続ける人達というのが映画的な物語を超えてセリフの中にフッとリアルな言葉として浮き上がってくる所に感動がある。
特に安達祐実に加藤清史郎が荷物を運びながら悩みを相談する所とかとても味わい深い。
風呂場で裸での濃厚接触シーンは松井大吾作品っぽいなあとは思うけど天才子役達でやってるのがまあ絵面的にインパクトが強い。
安達祐実や志田未来とか割とTVで見慣れていた俳優さんの今まで見た事ない新しい魅力の出し方が松井大吾監督は本当に上手いと思う。安達祐実の熱血教師のハマりっぷりも凄いし、志田未来と仲野太賀のバカップル感もめちゃくちゃ地方都市にいそうな感じで最高。
あと途中で入る篠原篤演じる先生のエピソードはかなり歪に感じた。
基本コメディリリーフだけど大事な場面でかっこいいことを言う先生役だと思ったら、震災後の家から略奪行為をしていたという事実が入ってきてかなりビックリした。その件がその後話題にならないのがかなり不思議で正直受け止め切れていない。ただやっぱり震災が映画とかで解決出来るような綺麗事で終わらず引っかかっりを残すバランスとして決して嫌いになれない。
マサオ
インスタでアピールしているのは「震災から立ち直ろうと頑張っているふり」をしている訳だけど実際は震災のせいで好きな事を封印してしまう程傷ついている。
だからこそ、「ふり」をする事で必死に立ち直ろうと藻掻いている様にも見えて彼が演出することにのめり込んでいく事にも決して否定的な気持ちで観れなかった。というかやっぱり「がんばり」を演じている中にも本心が隠れていて全くの嘘という訳でもないバランスが面白い。客観的にみたら不純かもしれないけどハンドボールと関わりたいという想いがあるからこその行動にも感じる。
こないだ観た「エイスグレード」もなれないけどなりたい自分をネット上で演じる事で、必死に変わろうと藻掻いている話だったし、全世界的にSNSがそこにある若者のリアルなんだろなぁ。
というかこんな独り言みたいな映画感想をこそこそ書き続けている僕ですら、褒められたらめちゃくちゃ嬉しいし、あんだけ何万人からも褒められてTVとかでも紹介されて、ましてや高校生とかなら麻薬的に承認欲求の波に呑まれいていくのもしょうがないと思った。結果的にそのせいで自分の本当にやりたい事がなんなのか見失ってしまう事になるのだけど。
SNSの炎上によって精神的に登場人物が追い込まれていく描写は、最近あった色んな事件を思い出してとても現実味はあるけど、例えば「許された子どもたち」みたいに住所特定されて外部の人間から直接いじめられる、みたいな描写はなくてあくまで外部の非難の声はほとんどネット上にしか出てこないのがそこまで重くならず良いバランスだと思った。
元々近しい自分の周りの人とだけ血の通ったやりとりをして主人公が立ち直っていく。
というか「ネット上の評価なんてそんな気にするほどでもないよ」というのも、これはこれでリアルな距離感な気もする。
もちろんハンドボールというスポーツに対してのリスペクトもしっかりあって、ドキュメンタリー的に見える練習風景の役者さんの素の様な楽しそうな表情で「ハンドボールって楽しいスポーツなんだな」というのがヒシヒシ伝わってくる。
パンフレット読んだら元々「ハンドボールを盛り上げる為に何か映像的なアプローチが出来ないか?」というのが企画の根本らしくそう考えると、実際のスタープレイヤーの宮崎大輔選手が映画の中の「#ハンド全力」の運動を盛り上げる為に登場するシーンも重層的に感じてとても味わい深い。
と言ってもよくあるマイナースポーツを応援するような映画にはなっていかず、今の若者のリアルをエゴも含めて優しく掬い取った青春映画として完成度が高くて本当に観て良かった。
歪なバランスも含めて僕はとっても好きな映画だった。