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象は静かに座っているの感想(ネタバレあり)

京都みなみ会館で鑑賞。
この日はみなみ会館で3本ハシゴをしたのだけど、今作の前に観た舞台挨拶付きの作品の終了時間から5分程しか余裕が無くてトイレに行けずに鑑賞。
不安でしょうがなかったけど約4時間全然余裕だった。俺の膀胱も捨てたもんじゃない。

人生の不自由さや、それでも生きていける小さな希望の様なもの。
こんな作品を29歳の若さで嫌みなく堂々たる傑作として撮り切ったフー・ボー監督はどう考えても凄まじい才能。
88年生まれだから僕と殆ど同年代の監督さんだし、亡くなってしまったのがとても哀しい。

こんなに暗い作品なのにずっと観ていたいという居心地の良さもあって、それは偏に登場人物達の魅力だと思う。

中国の貧しい地方都市の風景が本当に裏寂しい。
登場人物にしかピントが合わない様な被写界深度の浅いカメラワークの中で時々背景が垣間見えるのだけど、ボロボロの建物、汚い部屋、荒れた道など、たまにしか見えないからこそ彼らの住む世界の辛さが浮き上がってくる。

ブー

全ての登場人物に言えるのだけど本当に疲れた顔の人ばかり出てくる。特にブーは1番若いだけに目の暗さを見てるだけでこちらもしんどくなる。
満州里の象に対して1番希望を見ている。
シュアイから友達のカイを信じて庇ったのに、実は嘘をついていたのはカイの方で、結局人殺しの罪だけがのしかかってくる。

途中一度病院に行く所が胸が痛い。あとこのくだりはブーの踏み出せない痛みと、両親に罵倒されるチェンの心の痛みが同時に襲ってくるクラクラするシークエンスになっていて誰の立場でも本当キツい。

そして思わず自分を許せなくなって叫ぶ所で胸が締め付けられる(またここの場所の廃れ具合とかが見てるだけで辛い)主人公4人全員に言えるのだけど優しい事でどんどん状況が悪くなる。
彼が自分の優しさをこそ憎んでいるのが悲しいし、映画を観ているこちら側だけしか、彼の優しさを信じる事が出来ないのが苦しい。
亡くなった監督がどういう意図で彼らを描いているのか分からないけど、心の痛みをこれ程こちらに突きつけられるというのは作り手が優しい人だからなんだろうなと思った。
もっと色んな作品が観たかったなと改めて考えてしまう。

チェン

この一帯を仕切っているチンピラなのだけど、どう見てもこの人も優しい顔をしている。
劇中怒ったり暴力を振るったりするシーンがないし、何なら火事になった定食屋の店主を関係ないのに火傷を負いながら助けたりする位の良い人。
何故この立場にいるのか謎なのだけど、次第に両親との関係性で何となくこっちの道に来るしかなかった人なんだろうなと予想出来る。

凄くカッコいいのに、途中の惚れた女性とのやりとりの相手にされてない感じが見ていて面白かった。
「俺の親友が自殺した元凶はお前だ」と思わず口に出してしまうのは、彼の精神的な弱さの現れ。
どのキャラクターにも言えるのだけど悲劇に対して自分の事として受け止められない人ばかりの映画なのだけど、でもそれだけ余裕が無いのもしょうがないか、、、と、観てるこちらもそれに共感してしまう。 別パートで副主任が猫を殺した話でも言ってたけど、猫が殺された話と殺した人間の境遇は別の話なのだけど、それが当たり前にある世界。

とにかくこの人は表情や佇まいが本当に素晴らしい。最初の親友と鉢合わせになる時に黙って目を瞑っている所から引き込まれる。

ラストのブーとの対話の中で「象を見に行くんだ」と聞いた時の無表情の中の揺らぎにグッとくる。ブーに死んだ親友を重ねているのだけど、ここでの「お前に関係ない事だ」ってセリフに痺れた。

リン

彼女のパートもキツい。
こんだけ貧しい場所でもスマホやSNSだけはバッチリ発展しているのが地獄過ぎる。
嫌な情報が大人も含めて一瞬で拡がっていくのがデストピア的。田舎とSNSはマジで相性最悪だよ。

母親との関係は簡単に線引き出来ない感情を抱いている様に見えた。母親の行動や言動にいちいち苛立っているし軽蔑した感情も持っているけど、同時に自分を愛して欲しいとも願っている。

母親は誕生日にケーキ買ってきたあげたり、彼女に対して愛情が無いわけではないし、悪役として辛辣な言葉をかけているというより、自分のこれまでの人生の経験から、世界に対して期待しない事を教えている感じがする。
「妊娠しない様にしなさい」と言うセリフも自分があんたを産んで苦労した、と言う意味と私の様になって欲しくない、と言う愛憎入り混じる様な言葉だと思った。
愛しているけど愛情を与える余裕がない母親と、それを分かっているけど愛情を求め疲れた娘という関係がとても苦しかった。

演じたワン・ユーウェンさんがとにかく美しい。無表情で既に美しいからこそ、微細な表情の変化に目が離せなくなる。

ジン

冒頭の家族が老人ホームにぶち込もうとしてるくだりから地獄なのだけど、愛犬が死んだ事をきっかけに生きる希望を失ってしまう。
しかし犬死んだって悲しんでるのに、「じゃあ、これで何の迷いもなく老人ホームに行けるね、良かった」って、ためらいなく言ってくる実の娘の非情さがあんまりで思わず笑ってしまった。

中盤の老人ホームのくだりの長回しのキツさが凄まじい。薄暗い部屋の中で生きながらに死んでいる様な人達、撮り方が最早ホラー映画の領域で誰しも訪れる人生の終わりを考えてしまう絶望描写。

そういえば最近の日本映画で近い雰囲気を感じたのは阿部はりか監督の「暁闇」。
画面のどよーんとした雰囲気も近いものを感じたし、登場人物1人1人の孤独がお互いを直接助ける役割をしなくて最後までお互いの悩みを知る事も無い。
でも孤独なのは自分だけでは無いと知る事が救いになる様な話だと思った。通じ合っているけど馴れ合わないまま映画が終わる。

登場人物が分かり合える映画より、結局それぞれ孤独のまま終わっていく話の方が現代のリアルさをより感じたので、凄く今作も今作られた同時代の映画という印象がした。

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