(期間限定全編公開)【小説:沙門清正(しゃもんせいしょう)_01】沙門清正、秦氏渡りて鬼となったことを知る①

【沙門清正_01】沙門清正、秦氏渡りて鬼となったことを知る①
*当物語はフィクションであり、登場人物、団体は、一切架空のものです。

【The road so far】
●登場人物 
・沙門 清正(しゃもん せいしょ)
:30代 東京大学出身で現在、予備校勤務。自身の霊的経験から、仏道に入ることを検討している。
 自身の菩提寺の上人から、「そのことを知るならば、自身のルーツを知らなければならない」と、お寺にその土地を寄進した家の子孫である村の古老の紹介を受ける。
 ・村の古老:70歳くらい。家族とともに東京に住んでいたが、山口の亡くなった両親の家の庭の管理のために山口に長逗留(ながとうりゅう)している。

●舞台
 清正(せいしょ)は自身の先祖の菩提寺の上人から、菩提寺に土地を寄進した家の子孫にあたる、村の古老に渡りをつけてもらい、訪問することとなる。

【Today】
「うちの家系は東大に入る頭がなけりゃあ、学習院に放り込まれるっていう家柄なんだ。他の大学なんかじゃあ、勝負させてもらえない。万が一、落ちようもんなら、家の沽券に関わるからな」その年老いた、小柄な男はさきほどまで、一応立場上は客である清正を、少し手伝ってくれと使いながら、集めていた自分の庭の落ち葉に火をつけて言った。その古老の言うような家格の高い家を清正(せいしょ)は頭の中で思い浮かべてみたが、所詮一般家庭の出身でしかない清正(せいしょ)の頭には、総理大臣を複数名創出した、フリーメイソンとして知られる鳩山家くらいしか思い浮かばなかった。

「だから、あんたみたいな庶民の家でありながら、不遜にも東大の席をとるやつは嫌いなんだ。家格に十分な配慮をなさず、知能テストの結果で振り分けるシステムなんてのは醜い、下賤なシステムさ。あんたなんて特に家来の家でありながら、主筋の席をとるなんて、不遜ともいえるな。時代が時代なら首から上がないぞ」男は口から出たその物騒な言葉とは似つかわしくないニカニカした笑いを、その小柄な体に相応な小さい顔に浮かべながら、刻みタバコの入ったキセルをプカプカ吹かせていった。「この間の広告代理店であんたの後輩にあたる女の子が殺された事件も、その辺りの機微だろうな。そういう考え方の連中はあのあたりの業界には多いよ。あんたらの言うところのバカのボンボンばかりだからな。国破れて自家繁栄す。。。民破れていよいよ我盛んなり、そんなところだろう、連中の程度というものは。変容を期待して、何か道を説こうというなら、無駄だと思うよ」

「そういう古い貴族階級が受験で面目を失うのを避ける時には慶應に行くものと思ってました」清正(せいしょ)は亡くなった女性の話にはあえて触れずに、言葉を慎重に選びながら答えた。秋深く、晴れているとは言え、肌寒い季節である。着火したばかりの火にあたりその温かさの恩恵にあずかりたいと思うものの、煌々光る火に不用意に近づけば、その強い火を生み保つために供されている木の葉が炭となって、こちらの服も黒くよごれてしまうかもしれない。

「あちらさんに行くのは、俺たちからすれば、少し下の家来筋の家だな。俺たちとは全然、まったく違う。」男は火にさらに枯れた木の葉をくべ、清正の方に背を向けながら言った。「なんにでも階層というものはある。一見、表舞台で派手に見え、大衆から羨望のまなざしを向けられている連中は、見ている連中からそれ相応のものだと思われているが、その実はさほどの家柄でもないのさ。まともな神経や知能があれば、大衆の前に出て、階級の利益を代弁して主張することがどれほどのコストを背負い、リスクと背負うものか分かるはずだ。本当に高いところのものは表に出ない。これは法則のようなものでね。出る必要もないのさ。中途半端な家柄のやつが持つ劣等感から、承認欲求のために名前を売る必要もなければ、下世話の成金のように金をあくせく稼ぐ必要もない。俺たちの中で表に出ているやつはよほどの出来損ないで、ママに認められたがっているマザコンのような連中か、あるいは、だれかが運営上表舞台にでなきゃいけないということで仲間内から貧乏くじを引かせられて引きずり出されたかわいそうなやつだわな」男はキセルをくねらせながらいった。「そんな中、あの寺の御上人(住職)の発言と寺の簡便な御由緒書みたいな断片的な情報から、こんなところまで辿り着くようなのは、お前さんくらいものだ。東大の連中は、だから粘着質で嫌いなんだよ」

 古老の発言とは裏腹に清正の中には、この片田舎の山口県と東京を行き来してる古老が、実は、ただの田舎の地主などではなく、あの幕末天下を動かした雄藩薩摩藩の国父、島津久光の子孫であるなどと断言できる確かな証拠は何もなかった。

 古老の亡くなった両親の家と言われる、その古ぼけた家と、その庭全体に、清正は意識を広げてみる。家はたしかに広いが、その地域の他の家同様に古く、いつ解体してもおかしくないほどである。庭には、古い石灯篭などなるほど、確かに歴史を感じさせるものもあるが、その手入れは古老一人の手では行き届いておらず、少し荒れているように見える。あるいは、この朽ち果てつつある家と庭、そしてこの古老の命と同様に、彼の家の仰々しい歴史も、その役目も消えつつあるのかもしれない。

 しかし、そのまま消えたのではわざわざ薄い縁を頼って、ここまで来た甲斐がない。古い貴族にありがちなことで、古老はおそらくは確実な証拠を残すことはないだろう。いつでも自身の言質に責任をとらないようにするのが、このような家には徹底されている。それでも清正はせめて、確証を得る必要がある。自身の論理性と感性をもって、80%正しいであろうという心証を限りなく100%にしておく必要がある。個別の情報の確からしさから大事はなすことができるのだから。清正はそう思いながら、男がさらなる言葉を継ぐのを待った。

 古老は清正の目をじっとのぞき込んでいる。まるで自身の発言がどのように清正の思考や感情に変更を与えたかを吟味されているようだ、と清正は思う。「ここでいちいち、反論したり議論を吹っ掛けたりすれば、話がここで打ち切られるであろうことを清正は察している。要は、俺がお前をお前自身の能力で査定するのではなく、お前の持つ伝統やら格式などの背景に敬意を払えるか、配慮できるかを見ているんだろう」と。

「俺はこのあたりの田舎の野山で走り回って育ったもんでね。勉学といった類いのものにはてんで無関心だったからな。俺には姉貴が一人いるんだが、姉貴も学習院だよ。姉弟そろって田舎者でね。学力のほどは知れたものさ。まあ、それでも学習院に入った後で、学習院内でトップをとるのはわけがなかったよ。これは俺本人の努力というよりは血筋と遺伝のなせるわざだわな」

 事前に清正が上人から聞いていた表向きの話では、男は、このあたりのどうということのない地主階級の出自で、なるほど資産などはそれなりのものがあるだろうが、教養や知能面においての彼の優位性については、根拠となる事実を何ら清正は知らない。清正は、男のパイプにこの男の祖先同様の銀細工がないか、あるいは清正の先祖(と清正は考えている)との確執から生まれた歯形はないかと少し観察しながら、さらなる詳細の説明を男から引き出すために「血筋ですか」と言葉を添えた。

「ああ」男はにんまりと笑いながら言った。「祖父の兄弟は皆優秀だったんだ。一番上は東京帝国大学の一期生でのちに天皇陛下の家庭教師を務めたほどだった。次男、三男も同様に東大を卒業後、それぞれソ連とドイツに留学したのさ。国際的でもある。四男が俺の祖父で、福沢諭吉に師事して慶應に入っている。五男が兄弟の中でも神童といわれるほど出来がよかった。これが末っ子だ」

 男は少し離れた縁側に腰を下ろし、そこで一口お茶を飲んだ。隆盛も進められて一口飲むと、番茶を煮立てたというそのお茶からは少し甘味のようなものを感じた。

「ところがだ、その優秀な兄弟たちは、うちのじいさんをのぞいてみな早逝しちまった。まあ、本物は早死にするのさ、いつの世も。出来の悪い、中途半端なのが長生きする。明治維新のころなんて吉田松陰や島津斉彬なんて一流どころはみな早死にするだろう。最後まで残ったのは下等な、質の悪い連中ばかりさ」

ここでも男はにんまりと笑ったこちらの反応を見ているようだったが、ここは男の謙遜ととるべきだろうと清正は判断した。

「先生のおじいさまはさすがに島津に暗君なし、といわれる家で、学識すぐれた方だったと思いますが、明治維新の話は賛成です。山県に伊藤、それに薩摩の大久保なんかは、何の哲学も思想もない下賤のもの。維新の動乱を利用して、外国資本にへいこらしながら、自己の私利私欲を満たそうとしたというのが明治維新の一つの側面というのは否定はできません。ここ長州では、吉田松陰先生をはじめ久坂、髙杉などその思想を理解しようとするものは皆死に、薩摩では西南戦争における南洲翁(西郷隆盛)の死を以って御一新の性質は醜く変質してしまった」

「西郷なんかも俺にいわせりゃ一緒だがな。無教養の山賊みたいなものさ」
「いえ、大西郷は、家は名門菊池の裔(すえ)、財貨よりも蔵書を好み、人倫を知り、無道の世に、独り天道をあゆむものであったでしょう」

 どうも、この御仁は先祖と西郷との確執からか、西郷ただ一人のみにはその評価が辛いきらいがある。あるいはこの西郷への評価が、この人と自分の分岐点なのかもしれない。しかし、それは比較的に近いところからの分岐。さすがに、雄藩連合の盟主となった兄斉彬と比べ、低い評価になることが多いが、当時一流の教養人でもあった久光の御落胤の裔(すえ)だ。清正はそう思った。

「いずれにせよ、その母親にとって最後に五男が死んだのが、とくにこたえたんだろう。自分より次々に早死にする息子たちを見て、世の無常をはかなんだ母親の久子さんが、神仏にすがろうと日蓮宗の僧を招いて、開山したのが、お前さんの家の墓がある寺の由来だよ。もともと浄土真宗だったんだがな、この家は。まあ、それだけ死ぬとちょっと変える必要があるだろうと思ったんだろうな」

To be continued

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