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栄養剤の比較 (2)〜今さら聞けない在宅医療の基礎知識 Vol.1〜

前回の「栄養剤の比較(1)」は公開直後から予想以上に多くの方に読んでいただきました(^^)
やはりこの分野、色々悩んでおられる方がいるのだなあと実感しています。
がんばって記事作成していくモチベーションが続くように、ぜひ「スキ」や、周りで関心を持っておられそうな方への記事のご紹介などをお願いいたしますm(_ _)m
なお、一連の記事は当面は無料公開しますが、一定期間が経過したら有料に変更するかもしれませんので、ご了承ください。

前回、栄養剤の基本スペックについてと、ラコール半固形剤・エネーボ・イノラスの3種類は、既存の栄養剤の課題を解決するために後から登場したこと、ラコール半固形剤の特徴までをまとめました。

今回は、栄養一般のおさらいと、特に前回保留にしていた半消化態栄養剤・消化態栄養剤・成分栄養剤の違いなどをお伝えしたいと思います。

【重症心身障害児の特徴?】

エネーボとイノラスが登場した理由は、長期間栄養剤を主な栄養源として使用していた方に思わぬ問題が生じていることが判明したからだ、と前回の記事の終わりに書きました。

私が研修医になった2001年頃には、重症心身障害児にはどうも皮膚の弱い子や、髪の毛が薄い子・チリチリした子が多いな、という印象が小児科医の間にありました。

また、突然に肝機能障害が起こる子が結構いるということも、経験上感じていました。

当時はこれらは「何となくそんな気がする」という感じだったのですが、こういう現象の一部がある栄養不足によるものであると分かってきたのです。

その栄養素とは・・。

実は、ミネラル(無機質)なのです。

【栄養の基本のおさらい】

ミネラルの話をする前に、まずは、家庭科で習った栄養のおさらいをしてみましょう。

食べ物の中に含まれているさまざまな物質のうちで、人間に必要な成分のことを「栄養素」と言います。
そして、栄養素のうち、
タンパク質脂質糖質(炭水化物)の3つを3大栄養素
これにビタミンミネラル(無機質)を加えた5つを5大栄養素
といいます。

蛋白質・脂質・糖質は、ビタミン・ミネラルに比べて必要な量が非常に多く、人間の身体を構成し、活動するために重要な役割を担っています。
これら3大栄養素と食塩もついでに、栄養剤にそれぞれどのくらい含まれているか見てみると・・。

蛋白質・脂質・糖質のバランスは栄養剤ごとに少しずつ違っていますね。
歴史ある半消化態栄養剤3つのうち、エンシュア・エンシュアHに比べてラコールは蛋白質と糖質が多めで脂質が少なめ、という特徴があります。
エンシュア・エンシュアHがアメリカの会社、ラコールが日本の会社から発売されたもので、言わば前者が洋食、後者が和食の栄養バランスのイメージ、という感じなのが興味深いですね。

そして、ついでに記載した食塩・・。
実は、栄養剤に含まれている食塩は非常に少なく、栄養剤だけでは低ナトリウム血症を起こしやすいのです。

一番多いイノラスを例にとっても、1本300kcalあたり0.69gしか含まれておらず、3本900kcalでも約2gです。
厚労省が推奨している食塩摂取量は、男性7.5g以下、女性6.5g以下ですので、その3分の1くらいということになりますね。

食事を食べていれば減塩に気をつけるべきところですが、栄養剤だけで生活される場合にはむしろ添加しなければいけない場合があることに注意が必要です。

【栄養剤の区分の意味】

さて、ここで前回保留にしていた、半消化態栄養剤・消化態栄養剤・成分栄養剤の違いが明らかになります。

3つの区分の栄養剤で3大栄養素がそれぞれでどうなっているのかを、表にまとめてみました。
糖質についてはそれほど大きな違いはないので、今回は説明を省きます。

<蛋白源>

まず大きく違うのは、蛋白源です。
蛋白質というのはアミノ酸がいっぱいつながってできていて、簡単に言うと、アミノ酸のつながりが少ない状態に分解すればするほど消化が良くなり、その代わりに味がおいしくなくなります

半消化態栄養剤では蛋白質がそのまま使われています。
なので、口から飲むには比較的飲みやすいものが多いです。(※2)

それに対して、
消化態栄養剤のツインラインではバラバラのアミノ酸、アミノ酸2つつながりのジペプチド、3つつながりのトリペプチドまで
成分栄養剤ではバラバラのアミノ酸だけ
しか含まれていません。
小腸ではアミノ酸からトリペプチドまでを吸収できるので、蛋白質に関してほとんど消化する必要のない消化態栄養剤と成分栄養剤は、消化機能の低い方に適しています

<脂肪>

脂肪は含有量の違いが主な差となります。
半消化態栄養剤と消化態栄養剤にはある程度の量の脂肪が含まれていますが、成分栄養剤にはかなり少量の脂肪しか含まれていません

もともと成人向けに作られていたエレンタールは非常に脂肪の量が少なく、その後2歳未満を想定して開発されたエレンタールPにはやや多めの脂肪が入っていますが、それでも半消化態栄養剤の半分〜3分の1程度の量になります。

脂肪は消化に時間のかかる栄養素で、特に消化機能の低い方や、クローン病や潰瘍性大腸炎など脂肪摂取で症状が悪化しやすい疾患の方で、消化態栄養剤より成分栄養剤を選択されます。
しかし、エレンタールやエレンタールPばかりを使用していると、必須脂肪酸不足になることがあり、必要に応じて脂肪製剤の点滴を併用するなどの対応がとられます。

なお、成分栄養剤は消化への負担が少なく、非常に吸収が良いので、消化しきれずに残って便になる成分がほとんど含まれていません
その結果、成分栄養剤だけを使用していると便がとても緩くなり、水のような下痢になりやすいのも特徴です。(むしろそうなるように作られている、とも言えます)

<保険算定ルール>

ところで、医療的ケア児に関わっている方は、
「15歳から経管栄養の物品を今まで通り提供できませんと病院で言われた」
という話を聞かれたことはないでしょうか?

実は、これは表の一番下に記載した、保険算定ルールが理由です。

ここまで説明してきたように、消化態栄養剤と成分栄養剤を使用している方は、何らかの消化機能に問題を抱えているために、特に注意深い栄養管理を求められています。
そのため、経鼻胃管や胃瘻からこれらの注入を行う方に関しては、「在宅成分栄養経管栄養法指導管理料」という診療報酬が設定されています。

しかし、特に消化機能に問題のない経管栄養を要する方については、何も設定されていませんでした。
0歳児を含めた小児では、成長発達に関してこまめに栄養管理が必要で、かつ何十年にもわたり経管栄養を要します。
それが何も評価されないのは厳しいことから、その後注入内容によらず算定可能な「在宅小児経管栄養法指導管理料」という診療報酬が設定され、これが15歳未満に適用とされました。

このような制度のため、15歳までは経管栄養の物品を提供する分の報酬が医療機関に入りますが、15歳以上および成人では医療機関は経管栄養に関して無報酬となるため、物品を以前と同じようにもらえなくなることが多いのです。

【ミネラル(無機質)とは?】

栄養の基本のおさらいと、栄養剤の区分の説明が、書き出すと長くなってしまいました(^^;)

そろそろ、ミネラルについて書いていきたいと思います。

現時点で人間に必要なミネラルは16種類が挙げられていて、必須ミネラルと呼ばれたりすることもあります。

必須ミネラルのうち13種類は、食事での気を付け方をもとに以下のように分けられます。(※3)

■不足しやすいもの:カリウム・カルシウム・鉄・亜鉛
■過剰になりやすいもの:ナトリウム・マグネシウム・リン・セレン
■不足や過剰になりにくいもの:銅・マンガン・クロム・モリブデン・ヨウ素

これらのミネラルのうち、特に
亜鉛セレンマンガンクロムモリブデンヨウ素
の8種類は、他のミネラルに比べて人体に含まれる量が少なく、微量元素と呼ばれることがあります。

【微量元素とは?】

微量元素のうち、一番なじみがあるのはではないでしょうか。
「鉄が不足すると貧血になる」というのは、広く知られていますよね。

あるいは、ここ10年くらい、亜鉛不足が味覚や免疫に影響するという話は少し広まってきましたので、ご存じの方も多いかも知れません。

しかし、この2つ以外のものは、普段あまり気にしていない方が多いのではないかと思います。
なぜかというと、先に書いたように、日本人が普通に食事を摂っていれば不足する可能性が低いから、意識する必要があまりないのです。
そういったものについては研究があまり進んでいませんでしたので、最近になって必要性や働きが明らかになったものもあります。

そして実は、これら微量元素8種類のうち、全ての栄養剤に含まれているのは、上の表に示した鉄・亜鉛・銅・マンガンの4種類のみです。(※4)
また、この4種類でも、栄養剤のみで必ずしも十分摂取できるとは限らないことが、あまり知られていなかったりします。

それでは、個別の微量元素について説明を・・

・・と思いましたが、ここからは次回にまとめたいと思います。

しかし、このシリーズを始めてみて思うのに、人に読んでもらうつもりでキチンと書くには再度勉強し直さなければならないので、自分自身の知識の整理になって良いですね(^^)

これからも無理なく続けていきたいと思いますので、応援をよろしくお願いいたします。

【注】

(※2)ラコール半固形剤は半消化態栄養剤の中で唯一、経口摂取の方への保険適応がなく、胃瘻や経鼻胃管からの経管栄養にのみ処方が可能となっています。

(※3)必須ミネラルのうち、コバルト・硫黄・塩素の3種類については、厚労省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」に必要摂取量が定められていないため、今回は触れていません。

(※4)添付文書に含有量の記載があるものがこの4種類、という意味です。記載がない微量元素も全くのゼロというわけではないと思われますが、少なくとも必要量には不十分であると言えるでしょう。

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