素敵な夢見を深海で＊1話くらげのつく町

「お父さん、お母さんどうしてずっと泣いているの？」
「今は、お母さん何も考えたくないんだ。そっとしておいてあげよう」
「うん……」

母は、病気で亡くなった。５年生存率５％以下の難病だった。
元々体も心も少し弱い人だった、精神的な事もあったせいか、母はずっと泣き暮らし、不安から暴れ、そして体よりも先に心が蝕まれて亡くなった。

私は、お母さんに一体何ができたのだろうか？

ーー本日１３時より、洋鈅町ようげつちょうで流行している謎の病について政府が会見を行いましたー－

ある日、私の住む町でおかしなことが起こり始めた。ある症状を発症する人が出始めたのだ。

発症すると段々感情が薄くなり始め、やがては何にも反応を示さなくなる。
ただただ屍のように食べたり、眠ったりするだけの生活をつづけた後。ある日水になって消える。
何人もの医師が調べているが、分かっているのは反応が薄くなるにつれ、患者の中枢神経が消えていくことだけ。
最後にのこされた水は、どうやらほぼ海水の成分である事。

何もかも不明で、怪奇なこの病にいつしか誰かが名前を付けた。

”海月憑き”と

「ねえ、観月聞いた？隣のクラスの佐々木君」
「佐々木君がどうしたの？」
「海月憑きになったんだって、今日から学校来ないらしいよ」
「そうなんだ」
「そうらしいよ。それよりさ、昨日YouTubeで」

話は途中で遮られ、隣のクラスから泣き叫ぶ声が響き渡った。

「いや！そんな！」
「結子、今日はもう帰ろう」
「なんで！どうして！」
「結子！」

友達に抱えられるようにして廊下を歩いてく。確か去年クラスが同じだった結子ちゃん。

「結子、佐々木君と付き合ってたもんね」
「そうだった、去年のクリスマスからだっけ？」

そこには計り知れないほどの悲しみが、胸を裂かれるほどの苦しみがそこにはあるんだろう。

「幸せそうだったもんね……。そういえば駅前に新しいカフェができたらしいしパフェでも食べに行かない？」

そこには計り知れないほどの悲しみが、胸を裂かれるほどの苦しみがそこにはあるんだろうな。

「どうしたの、観月？暗い顔して」
「ごめん、大丈夫」
「本当？じゃあさっきの話聞いてた？」
「佐々木君の話でしょ、ちゃんと聞いてたよ」
「ちーがーう！その後！帰りに新しく開店したパフェ食べに行こうって話！」
「ごめん、聞いてなかった。いいよ、行こう」
「もう、観月ったら話の途中ですぐぼーっとするんだから！」

同級生が死の病にかかっても、親しくなければパフェだって食べに行ける。

「薄情」

ぽつりとつぶやいた私の言葉は、授業開始を告げる鐘の音にかき消された。

＊＊＊

夏限定特大山盛りパフェを食べ、晩御飯唐揚げだから帰る！とよく食べる友人を見送る。
「宿題やらないと」
言葉とは裏腹に、なんとなくベッドへ飛び込み、インターネットの海にも飛び込む。
ツイッター、インスタ、TikTok、エトセトラ　etc　えとせとら

広い世界を見られるようになった。でも、私にとって世界が広すぎる。
身近な世界で手一杯なのに、さらに、78億人を超える人間がこの世界に住んでいて、そのすべてが物を考え、感情を持ち、行動する。
そんな何億人の感情にワンクリックでアクセスできる世界。

濁流のような感情に触れ、考え、一喜一憂する。

そんな濁流の中で日々流されないように必死になっている。
いたくない、見たくない。
けど、濁流の中に居なければ、後ろ指を指される世の中。
私にはその濁流から逃れるような勇気はない。

流されて、流されてどこまでいくんだろう。

濁流をスクロールしていると、ふと１つの記事が目に留まる。

【海月憑きは病か、救いか】

「ん？」

【みなさん、考えることに疲れてはいませんか？
　恋人の気持ち、友達の気持ち、ツイートで呟かれている悪口は私の事じ　　
　ゃないか？陰で私の事どう思っているの？
　そんな、日々に、さよならがしたい。考えることを止められたらいいのに
　辛い事なんて全部忘れたい。
　そう思いませんか？

　悩んだことが財産になる？辛い経験が良い思い出になる？
　
　訳知り顔でアドバイスする、先輩や親、友人が憎たらしく感じたことは？

　全部止めたい、忘れたい、考えたくない

　これは、人間が抱える苦悩です。そして、それらからは決して逃れられな　　
　い。
　良くも、悪くも、人との距離が近すぎるこの現代で、私達が唯一思考から　
　逃れる方法が"海月憑き"という”病”です。

　みなさんは、これが本当に病だと思いますか？
　辛い思考から逃れ、楽になれる。
　それも苦痛を伴わずに。

　知恵の実を食べ、楽園から追放された人類を神はお許しくださった。そう　
　は考えられませんか？

　私達と共に祈れば、救いの順序を早められます。友が救われることが私の　
　祈りです】

その後にもつらつらと、耳障りの良い言葉が並べ立てられていた。

一番最後に書いてあった名前は、最近流行りらしい海月憑きをありがたがる新興宗教の名前だった。

若者の入信者が増え、社会問題にも発展しているらしく最近の若者は、と飽きもせずに言われているようだ。

でも、そこに入信し、身ぐるみをはがされる人々の事を。私は笑っていられるだろうか？

私だって救われたい

終