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『精霊の残り火』第三話

「この星と歌う、最後の歌を」外伝 ~後日譚~
『精霊の残り火』

第三話 白手毬

夏場の急な雨が、大量の水をアスファルトにたたきつける勢いで降っている。ゲリラ豪雨というのは、都会の風物詩か。
外出してなくて、よかった。
「隼人くん、海斗くん!」
ドンドンドンッと、ドアを激しく叩く音がして、開けると、ずぶ濡れの浩太さんが、ずぶ濡れの白い長毛犬を抱っこした状態で、僕を見た。
「海斗くん。出てくれてありがとう」
「隼人はバイトで出てるから、僕しかいなくて」
「そっか。とりあえず、バスタオルあれば、貸してくれないかな」
僕は二枚のバスタオルを出してきて、一枚は浩太さんに渡し、もう一枚は白い長毛犬にかぶせて、丁寧に拭いてあげる。
「この子、風邪ひかないように、軽くドライヤーでもかけてあげましょうか」
「うん、そうだね。ありがとう。僕も下で着替えてくる。その間、この子お願い」
「あ、この子、どうしたんですか?」
「どこからかきたかわからないんだけど、川べりを散歩してたら知らない間に、後ろからついてきていて。弱っているのか、しょんぼりしてるから、心配で拾い上げたんだ。そしたらすごい雨降ってきて。この子が、急に体調悪くならないようにね、僕一人で見るより、隼人くんや海斗くんの手も借りたいなと」
「わかりました。じゃあ、この子と待ってます」
僕は、おとなしい長毛犬を抱っこして、洗面所につれていって、洗面台にのせて、ドライヤーをかけてげる。
白く長い毛で全身を覆われた、丸い愛らしい瞳の、寝るときに腕で抱くのがちょうどいいぬいぐるみみたいな大きさの犬だ。
「うん?」
この長毛犬、額に、触らないとわからないくらいの小さな角がある。角がある犬なんて、いたかな。
『熱い!』
声がした。人語ではない。精霊などの、他次元の存在と交流するときに使う回路でだ。
「ああ、ごめんね。温度下げるから」
僕は、ドライヤーの温度をさげて、丁寧にブラッシングしてあげる。
心地いいのか、目を細め、ゆったりしている。
『ねえねえ、魔女なの?』
「魔女?」
『魔女のアンジェリカには、僕の言葉が聞こえてたよ。君も魔女? 魔女狩りは大丈夫?』
「僕は、魔法使いだよ。魔女じゃない。名前は海斗っていうんだ。魔女狩りはとっくの昔に終わっているよ」
『よかった。アンジェリカに会いたい』
白い長毛犬は、涙を流した。アンジェリカというのは、よほど大切な人だったんだな。
しかし、おかしい。
気配が精霊じゃない。
どちらかというと、もっと強くて格式の高い、神社の神様の気配だ。
神様は、僕から呼び出すことはできないけれど、向こうに話す気があれば話せるんだな。
魔女狩りの話が出たということは、日本出身の神様ではない?
まったく、一体何の生物を拾ってきたんだ、浩太さん。
「君、迷子? どこからきたの? 名前は?」
『僕は神様。あ、見習い。アンジェリカと、遠い森から来た。名前は、白手毬って呼ばれてた』
やっぱり、神様なのか。しかし、神様が、犬として現実に具現化して存在しているなんて、今の世の中であり得るのだろうか。
『しろてまり~』
白い犬は、ぐるんっと体を丸めて、毬みたいになった。
あ、ほんとだ、白い手毬だ。
「わー、可愛い。まるで毬みたいだね」
浩太さんが、ドッグフードとお皿をもって戻ってきた。白手毬の一芸に拍手する。
「はい、お腹空いてるだろう?」
ドッグフードを差し出されると、白手毬はあからさまに嫌な顔をして、横を向いた。
『いやー。くさいー。いやー』
「あれ? いらない?? せっかくお向かいさんから分けてもらってきたのに」
「白手毬、君は、なにを食べるの?」
『食べないけど、食べるならアップルパイ。焼きたてのアップルパイ』
瞳を和ませて、白手毬はうっとりしている。
「浩太さん、この子、焼きたてのアップルパイが食べたいって言ってますけど」
「犬なのに? ていうか、ええ? 海斗くん、犬としゃべれるの? そうか、星治さんも、動物と話せてたな」
「いえ、僕は父とは違うから。この子、どうも、犬じゃなくて、神様みたいで」
「神様?」
浩太さんは、魔法とは全く種類の違う、この国の神様のエネルギーは、わからなかったようだ。
「よく、わからないんです。魔女狩りがどうこうとか言ってたから、もとは西洋の子だと思うんだけど。でも、神様見習いだとも」
「神様が、具現化して犬になったりできるの?」
「基本、ないと思うんです。万が一あるとしたら、はるか昔、現実世界に体を持ったまま長い眠りについて、最近、目を覚ましたとか」
『それそれ。白手毬、寝てた。神様は、退屈すぎた』
寝てたのか。
とりあえず、浩太さんに、僕が白手毬から聞いた話を共有しておいた。
浩太さんは、白手毬の首を撫でてやる。
「じゃあ、てまちゃん、アップルパイ、飛び切りおいしいの作って、焼きたてを、もってきてあげるよ」
『やったー!!!』
跳ね回って大喜びする。
僕も心で小躍りする。
浩太さんは、魔法の兄弟子だけれど、心の中では、料理のお師匠様でもある。
こういうときは、僕の分も必ず作ってくれる。彼の作るお菓子はどれも、一度食べたら忘れられない味なのだ。


その日から、白手毬は「てまちゃん」と呼ばれ、隼人の部屋で暮らすことになった。
浩太さんは多忙で、ずっとみてあげられないというので、僕が世話係をかってでたのだ。
主食、アップルパイ。
というか、それしか食べない。毎晩、浩太さんが焼きたてを持ってきてくれるので、白手毬は僕より、浩太さんになついている。と思う。
隼人は、快く飼うのを賛成してくれたけれど、面倒はぜんぶ僕が見るように言う。
白手毬は、隼人に遊べとばかり飛びついていくが、隼人は遊ぶ気がある時は全力で遊んでやり、遊ぶ気がないときは「ごめん今、無理」と軽い笑顔で避ける。
避けられると悲しくなるのか、白手毬は目を潤ませて僕のほうへやってくる。
お屋敷では、鳥や虫を飼ったことはあったけれど、犬は飼わなかったから、ていうか神様を飼ったことなんかないから、どうしたらいいのかわからない。
白手毬はわがままで、『遊んで―』『外行こう』『かまってー』『ねむいー』など、勝手気ままをいう。
僕はそれに、振り回されっぱなし。
そして、起きても、食べても、出かけても、寝るときも、一緒。寂しがりなのか、ずーっと僕についてくる。
白いふわふわの毛が、撫でるとこの上なく気持ちいいので、面倒くさいと思うより、むしろ癒され続けている。

白手毬は、お隣の鎮守の森と、川べりをこの上なく愛した。
森に行くと、蝶やら草やらと戯れ、川に行くと、水と戯れた。
お盆も過ぎているけれど、まだ夏場なので、涼をもとめて、今日も川べりに遊びに出向く。
晴天で、暑すぎる真昼間の川べりは、人も少ない。
風すら熱風だから、仕方ないか。
サイクリングロードの両脇の草木も、なにげなく元気がない。
そういえば、隼人が事件に遭遇して以降は、水の精霊たちもなりをひそめ、とくに何事もなく過ぎている。
事件を解決はできていないけれど、動きもないから、進展のしようがない。
目を離した隙に、白手毬は首まで、川に漬かっている。
「てまちゃーん、あんまり川の中入りすぎると、急に深くなったりするから気を付けて」
『てま、上手に泳げますから』
泳げるのか。この神様犬。
『かいとー』
白手毬は、口に何かくわえて、僕の足元まで駆けてきた。
くわえたもの下に置いて、そのまま、ぶるぶるぶるっと水を払い落としたので、僕も水にぬれる。
「ぎゃあ」
『かいと涼しい? ありがたい?』
「微妙に涼しいけど、ありがたみは感じられない」
『神のみめぐみじゃー』
「恵じゃない。ぜんぜん恵感がない」
『ムー』
白手毬は、再びなにかを加えて、僕に手を出すよう促した。
『みめぐみじゃー』
僕の手に、すりガラス状になった、緑色の小さなガラスを置いた。
『綺麗綺麗。今ひろった。これ僕の宝物。あげる』
「確かに、綺麗だな」
『でしょー。てまは、かいとと友だち。魔法使いは魔女の友だち。魔女のアンジェリカに会ったら、やさしくしてね』
アンジェリカは、もうこの世にはいないだろう。そんなことは、とても言えない。
『いたよ。アンジェリカ。いたから、白手毬、帰るのやめたの』
「?」
心を読む神様犬は、ひたむきな目で僕を見る。
「いたのか? アンジェリカ」
『うん。だから暑いけど外、出る。出て探してる』
「帰るのやめたって、どこへ?」
『仲間のいるところ』
「神様たちの、いるところか?」
『違うよー』
そう言って、白手毬は川まで走っていって、ジャンプして水に入る。
「海斗。こんなところにいたか」
廉さんだ。暑すぎるので、半そでのワイシャツ姿だ。
父の弟なのに、直感もなければ、感覚もごく普通。
でも、父がプレゼントした眼鏡をずっとつけていて、その眼鏡は、目に見えないものを見えるようにする力があるので、魔法使いの浩太さんと世界観を共有できている。
「浩太がひろった白い犬に会いにきたよ。神様が具現化した犬だとか?」
「ええ、そんな感じです」
「どこに?」
「川のほうに。てまちゃーん。てまちゃんにお客さんだよー!」
『あいよー』
僕の呼び声に反応し、白手毬はこっちに走ってくる。
隣の廉さんは、驚きのあまり眼鏡をとったり、つけたりしてから、つぶやいた。
「ユニコーン」
「え?」
「生きているユニコーンが、この世の中に、まだいたなんて」

つづき↓
第四話 https://note.com/nanohanarenge/n/n09f9c90a90fd

本編「この星と歌う、最後の歌を」はこちら


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