もし内陸水運が日本の物流の中心であり続けたら

江戸時代には内陸水運が盛んだったが明治になって鉄道が導入されるようになると鉄道に代替されて内陸水運が衰退していった。戦後になって道路が整備されると貨物輸送の中心が鉄道から道路に移行した。そのため全国に立派な国道や高速道路が建設されるようになった。しかしトラック輸送では多数のドライバーが必要だし、道路だって作ったらおしまいではなく維持費がかかる。高規格の道路には環境負荷もある。

では道路の代わりに内陸水運が日本の物流の中心であり続けたら今頃どうなっていただろう。そもそも日本で内陸水運が衰退したのにはそれなりに理由があり、それを解決しなければ内陸水運は実現しえない。そこで「なろう小説」的なご都合主義的展開で妄想してみた。そういえば土木系SFというのはなかなか見かけない。

まず日本の河川は急峻である。また、季節により水量に差があり、渇水期には水深が浅くなり大型船舶が航行できない。河川の一部を航路用に掘削したり浚渫したとしても、河川による土砂運搬量はとてつもなく多いので、すぐに埋まってしまう。内陸水運は上流から下流への輸送では効率が良いが、下流から上流への輸送ではエネルギー効率が悪い。さらに、石炭や石油のような化石燃料を使うようになると、これらの重量物を下流から上流への運ぶ必要が出てくる。渇水期に急峻な河川で大型船舶を遡上させ重量物を運搬する技術がなければ内陸水運を維持することができない。しかし、技術革新は必要に迫られて実現するものなので、必要に迫られればそれを満たす技術も出てくるものである。

水位差を克服するための技術としては、昔から閘門式運河がある。閘門式運河としてはパナマ運河が有名だが、日本でも富山の富岩運河や下関の彦島水門に閘門式運河が残っている。下流から上流に向かう船は、2箇所の閘門の間に入り、下流側の閘門を閉めて上流側から注水し上流と同じ水位になったら上流側の閘門を開ける仕組みである。上流から下流に向かう際には、閘門の中間の水を下流側に放水して下流と同じ水位になったら下流側の閘門を開ける。下流から上流に向かう際には、水の位置エネルギーの一部を船舶の位置エネルギーに変換している。この方式では注水のために大量の水が必要で、パナマ運河では中間のガツン湖を水源としている。最近になってガツン湖の水量が減少したため、航行可能な船舶の数が減少している。

ということで、日本の急峻な河川で閘門式運河を実装するためにはまずは水源が必要である。北日本の山には雪が降り、夏でも雪解け水が流れるが、冬の降雪期は渇水期である。農業では冬は農閑期で、少なくとも大量の水を必要とする水田耕作は行われないが、物流や工業は年間を通じて動くので冬の渇水期でも水資源が必要である。渇水期には河川の水深も浅くなるので、年間を通じて安定した流量を確保する必要がある。となると、山奥にダムと貯水池が必要である。貯水池は大雨が降ったときの調整池としても機能するし、ダム式水力発電もできる。

上流に水源を確保できれば、河川の中流から下流にかけては何箇所か閘門が設けられるだろう。船舶の航行のたびに注水や放水を繰り返し、上流から下流に水を流すことになるので、注水や放水のための管に水車と発電機を入れれば上流側と下流側との水位差に応じて小水力発電ができる。閘門では人手が必要なので、道路と異なり地元の雇用が創出される。閘門の手前では土砂が堆積しやすいので、定期的な浚渫が不可欠である。電動パワーショベルがあるとよいだろう。

下流の平野部は平坦なので閘門は不要で、平野部には水田が広がるので、農業用水路が張り巡らされている。船舶用の運河を整備することで農業用水路も整備される。

船舶側も内陸水運向けに喫水の浅い船が発達することだろう。運河向けの船というのは運河や閘門の幅に合わせて細長いものが多い。鉄道のように細長い艀をいくつも連結して、それをタグボードで牽引したり推進したりする形態が主流になるのではないか。艀の長さは閘門の間隔によって制約されるだろう。複数の艀を通すためには閘門で艀を移動させるための動力が必要になるが、これには小水力発電による電力を活用できる。パナマ運河の閘門には船舶牽引用の電気機関車があるが、大掛かりなものでなければ電動ウインチで十分だろう。

船舶の動力も、最初は蒸気機関と外輪との組み合わせになるだろうが、ディーゼルエンジンが発明された後には現在のようにディーゼルエンジンが主流になるだろう。この辺りは鉄道の技術革新と似たような道を辿ることになろうだろう。できれば水力発電による潤沢な電力を活用できればよいのだが、電気モーターと蓄電池では効率が悪いし、電動ウインチでは長い距離に対応できない。鉄道のように架線から集電できればよいのだが、船舶から架線集電することはトロリーバスから架線集電するよりも難しい。幅の狭い運河であれば集電も比較的容易かもしれないが。

もし蓄電池と電気モーターを使うなら、川を下るときに電力を回生して蓄電したくなるところだが、川の水も流れているので相対速度はほぼゼロであり、スクリュープロペラを回すことができない。燃料電池と電気モーターとスクリュープロペラとを組み合わせる場合、下流側に水素スタンドが必要である。水力発電による電力供給は安定しているが、電力需要は人が活動している時間にしか発生しないので、夜間の電力で水を電気分解して水素ステーションに水素を貯めるのだろうか。

河川の流速が速ければ、ヨットが揚力によって風上に航行するが如く、船舶で揚力を発生させて上流側に向かうこともできるかもしれない。実際、魚はそのようにして遡上している。船体が揚力を発生させるような設計になっていれば、船首を少しずらすことで横方向の揚力が発生し、斜めに向いた船体を上流側に押し出すだろう。もちろん、上流側からの水流による抗力が揚力を上回っていたら下流に流されてしまうので、船体設計には工夫が必要である。抵抗の少ない細長い船体が有利だが、運河用の船はもともと細長いので、あとは設計次第である。

内陸水運が物流の中心になれば、川沿いに工場や倉庫が立地することになるだろう。もともと人は水のある所にしか住めないので、人家も川の近くに立地することになるが、川沿いには洪水リスクもあるので、人家は昔から一段高い所にある。大量の物資を捌くためにはある程度広い平場が必要で、渓谷沿いでは無理である。ある程度開けた平野が必要である。かといって陸運では効率が悪いので、平野には運河が張り巡らされるだろう。必ずしも船舶が航行できるサイズである必要はなく、小規模なものなら人が土手の上から荷物用のボートを牽引できるくらいのものでよい。集落が水路のある所にコンパクトにまとまっていれば、人が歩く距離も大して長くない。

道路よりも河川や水路の方が便利なら、乗用車よりも乗用船舶の方が普及しているだろう。それくらいの大きさなら蓄電池と電気モーターでも実装できるかもしれない。しかし乗用船舶があまり普及してしまうと、駐車場と同様に係留スペースがあちこちに必要になり、そのスペースをどうやって確保するかが課題になる。

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