「交通事故の5割が速度超過」の意味するもの

たまに高速道路の電光掲示板で「交通事故の5割は速度超過」と表示されることがある。どうやら警察は「交通事故のうち半分は速度超過なのだから、速度を落としなさい」と言いたいように見える。もしかしたら「速度超過が無くなれば交通事故の半分は無くなる」と本気で信じているのかもしれない。しかし「交通事故を起こさなかった車の何割が速度超過しているのか」「速度超過割合の差は統計的に有意か」という段階を経なければこの比率を統計的に解釈することができない。

日本の道路の制限速度は道路構造令上の設計速度よりも時速20kmほど低めである。道路構造令上の設計速度は大型車を含めて安全に走行できる速度だから、車の種類によってはまだ余裕があるし、雨天時よりも晴天時の方が、夜間よりも日中の方が安全に走行できる速度は高い。それでも日本のドライバーは制限速度を多少は尊重するようで、一般道の場合は制限速度+10km/hくらいが平均で、制限速度を超過している車は体感的には8割~9割くらいだろうか。高速道路の場合は速度超過の比率が体感で5割~7割くらいだろうか。道路を走る膨大な数の車が母集団なので、速度超過の比率はおそらく統計的に有意だろう。

となると、交通事故車における速度超過車の比率5割というのは一般道の平均よりはかなり低いことになる。世界的に見ても低めの制限速度をさらに下回っている車が交通事故の5割も占めていることの方がむしろ驚きである。

一つの可能性は、速度超過車の比率が5割程度の道路で交通事故が発生しやすいということである。例えば、高速道路では制限速度100km/hであっても80km/hくらいでゆっくり走っている車が多いから、全体での速度超過車の割合は5割くらいかもしれない。しかし、高速道路での事故で典型的なのは追い越し車線での玉突き追突事故や無理な割込みによる衝突事故であり、これは主に速度超過車が起こす事故である。警察が主張するように、ゆっくり走っている車が事故を起こす可能性は低い。低い速度で起こりうる事故といえば、渋滞時の前方不注意による追突事故だが、これは速度超過とは全く関係ないし、もともとの走行速度が低いので、追突といっても軽微な接触事故に留まる。渋滞の末尾に気づかずに追突してしまう事故もあり、たしかに走行速度が高ければ高いほどブレーキをかけても止まりきれない可能性が高いし、発生すれば被害が大きい。しかしそれでも直接の原因は渋滞の末尾に気づかないことだし、本質的には渋滞が発生していなければ起こりえない事故である。

もう一つの可能性は、交通事故というのは必ずしも速度超過に起因するものではなく、むしろ見通しの悪い交差点での出会頭での衝突や、同じく交差点での右折車と直進者との衝突のような、低速走行時の事故の方が多いということである。たしかに一般道での事故の大半は交差点で発生している。だからこそ信号のない交差点では優先道路でない側に一時停止標識(点滅する赤信号と同等)があり、高い速度で衝突しないようになっている。もし衝突するとしたら速度違反ではなく一時停止違反である。右折車や左折車で速度超過をする車は極めてまれだろうから、右左折に起因する事故が半数くらい占めていれば、交通事故の半数近くが制限速度未満ということの説明がつく。

交通事故には自損事故、人身事故、車同士の衝突事故の3種類があるが、交通事故の多くを占める車同士の衝突事故は車同士の距離が離れていれば起こりえない。雨や雪で滑っても付近に車がいなければ自損事故にしかならない。車同士の衝突事故は主に見通しの悪さに起因するものと混雑に起因するものとがある。前者については見通しを改善することによって、後者については混雑を解消することが本質的な安全対策である。見通しを改善するのは道路の改良によるしかないが、混雑を解消するのは道路の改良だけでなく交通ルールの見直しによっても可能である。

たしかに他の条件を一定にすれば速度が低ければ低いほど事故は発生しにくい。極端な場合、速度が0であれば事故は起こりえない。しかし実際の道路は多数の車による流れなので、絶対速度よりも相対速度の方が重要である。道路構造が同じなら、80km/hで走る車と100km/hで走る車が混然一体になって追越が発生している道路よりも、120km/hで走る車のみが等車間距離で走る道路の方が安全である。流れをせき止めるものがあれば進路変更や合流が発生するし、車が密集しやすくなるが、どちらも交通事故のリスクを高めるものである。流れをせき止めるものの最たるものが路上駐車と路上停車(ともに速度0)であり、これらは駐車禁止区間や駐停車禁止区間では取締の対象になっている。

混雑する道路で相対速度を低くするために必要なのは最低速度の引き上げと、遅い車から順に左に詰める運用の徹底である。すべての車の速度を一番遅い車の速度に合わせるという発想になりやすいが、それをやると速度が下がる方向にばかり作用し、道路の設計速度を有効に活用できない。高速道路の最低速度は80km/hと言いたいところだが、現状では大型貨物の最高速度が80km/hなので、大型貨物の最低速度は60km/h、それ以外は80km/hとすればよいのではないだろうか。合流車線での加速不良や分岐車線手前での減速は流れをせき止めるが、これはコストの安い簡易型オービスを設置すればいくらでも取り締まれるし、反則金収入で十分に元が取れる。

遅い車から順に左に詰める運用を徹底すれば右車線の速度が高くても安全に走行できる。アウトバーンでは、右車線はトラック用の80km/hレーン、真ん中車線は130km/h~160km/hくらいの一般車レーン、左車線は200km/h超の高級車レーンと厳格に分かれており、逸脱すると周囲のドライバーから激しく非難される。

遅い車から順に左に詰める運用を徹底するためにも最低速度の引き上げは効果的である。高速道路では右車線から渋滞が発生するが、これはたとえ左車線ががら空きであっても右車線の方が流れやすいためである。左車線の最低速度を引き上げて流れを良くすれば敢えて右車線を走る必要が無くなるので混雑が平準化され、車の接近に起因する事故のリスクを低減できる。

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