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長い、長い、休日 第11話

 気がつくと、俺は謎の男に抱きつかれていた。いくら何でも、原生生物(ヒト)の装備だと言え、見知らぬ奴からこんな事をされる前に体が反応するのだが、なぜか動けなかった。
 いや、むしろ受け入れていた。
 それは、きっとこの俺の装備(ガワ)が、この男と関わりがあるからだろう。警戒していたが、早々に厄介なことになったようだ。

「おい。離せ」
「マサキぃ~~」
「離せって!」
 無理矢理男から離れると、そいつは俺を見て泣いていた。ヤバいな。
 人の往来のある場所で、こんな厳つい男が泣いているなんて目立って仕方ない。俺はなんとかなだめすかし、人気の少ない公園を見つけベンチに座らせた。
「……もう泣くなよ」
 ハンカチを手渡すと、男はソレで顔を覆っている。
「すみません………」
 か細い声が聞こえた。ようやく落ち着いたようだ。ハンカチはぐっしょりしていたのであげることにした。
「つか、あんた誰?」
「あ、自分はアカザといいます。その、あなたがあまりにマサキそっくりなので…」
 アカザと名乗った男は、嫌な予感通りこのガワ(マサキ)の知り合いのようだ。
「そうなんだ」
「はい、ほんとに!顔も声も感触も匂いも!」
「キモイこと言うのやめてくれる?」
 俺が言うとアカザはションボリした。が、ぼそりととんでもないことを言った。

「マサキは、俺の婚約者だったんです」

 その言葉にゾッとした。知り合いだけでも面倒なのによりによって婚約者とは!どうりでキモイくらい食らいついてきたはずだ。
「あ、そう…。でも、俺はマサキじゃないし」
「———はい。彼は先日事故で………」
 そう言って深くうなだれる。事故とは言え、俺が巻きこんでしまった所為でマサキはケシ炭になってしまった。まぁ、今は修復して俺が使ってるけど。だが、そんなことは言えるはずもなく、魂もなくなってしまったのだから、別人として対応しなくては。
「まあ、似た人間なんて3人いるって言うし、アカザさんには気の毒だけど俺は別人なんで」
 そう言ってその場を後にしようと立ち上がった。が、そう簡単に逃してはくれないようだ。アカザの手が俺を掴んでいた。
「待ってください」
「やだ」
「もう少し、付き合ってください」
 なんなんだコイツは、あまり一緒にいたくないんだが。
「なんで?」
 うんざりしながら聞くと、アカザは必死な眼差しで食い下がる。体のほうがコイツを覚えているのか、簡単に振り払えるはずなのに、なぜか言うことをきかない。
「あなたが、マサキじゃないって分かってるんです。ただ、このまま別れてしまうのは辛すぎます。別に身代わりとか、そう言うんじゃないんです。でも、ここで別れたらもう二度と会えない気がして……」
 全くもってその通り。婚約者と一緒にいるなんてデメリットしかない。そもそもこの体は仮のもので、用がなくなれば処分する。だから、これ以上関わるのはお互いの為にも良くはないだろう。
「俺と会っても仕方ないだろ。別人なのに」
「………いいえ、そうは思えません」
「忘れられないだけだ。ハッキリいって———」
 迷惑だ、と言おうとするのに声が出なかった。なんなんだこれは?
「お願いします。もう少しだけお付き合いください」
 アカザが俺の手を握る。気味が悪いのに、なぜか触れられる度に体は高揚している。何度か原生生物(ヒト)を装着したことがあるが、関係者とここまでの関わりは持たなかったし、滅多に長く装着しなかったので、これは初めての感覚だった。
 こういう恋愛感情は魂だけでなく全身に散らばっているものなんだと痛感した。魂が無いのに、体がこの男に反応するのはその所為だろう。
 今すぐに離れるのが賢明だが、予想外のガワの反応が気になるので、ここは思い切って向こうから諦めて貰うことにした。そのほうが後々良いだろう。

「分かった、少しだけなら。………ただし、もうこれっきりにしてくれ」
「ありがとうございます」
 アカザは嬉しそうに微笑み、俺の手を引いた。
「どこに行くんだ?」
「心配ありません。すぐそこですから」

 アカザは俺の手を握ったまま、ある場所へと導く。
 一体どこに行くつもりなんだ?怖いんだけど………。

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