その愛は本物ですか?5
第5話
友人と落ち合った店は、程よい雰囲気で周りを気にせず話が出来た。俺たちは、まずはお酒を一杯引っかける。軽い軽食が運ばれ、頃合いを見て今までの経緯を伝えた。友人は口を挟まず黙って聞いてくれた。
「そっか。出入り禁止に…」
「うん。その時は信じられなかったけど。今にしてみれば、あれこそ魔法だったんだな…はあ」
深くため息をつく俺を見て、友人は二杯目のお酒を注文した。
「俺もさ、最初は信じられなかったよ。だから、お前の気持ちも分からんでもない」
「慰めてくれるのか?」
「はは。でも、言っただろ。あの人は本物だって」
友人にはそれを確信した何かがあったんだろうか。だが、それ以上説明はしてくれなかった。
「マシュー先生の件は、ほとぼりが冷めたら謝りに行けばいいよ。それより、どうする気だ?ノアのこと」
その言葉に俺は直ぐに返事が出来なかった。
このまま恋人として付き合う事は、今の状態では難しい。
ならば、その気持ちを早いうちに伝えるべきだ。
つくづく自分勝手な行動で迷惑をかけているのがとても情けない。
俺は手にした酒をがぶりと飲んだ。
「…ノアの魔法って解けるのかな?」
俺がそう呟くと、友人は不思議そうな目で見つめた。
「さっきも言ったけど、俺の行動もさる事ながら、ノアの好意も惚れ薬の影響だとしたら、その症状を解除する薬もあるのかなって」
「魔法の効果を消したいってことか?」
「そう。だって、今は強制的にそうなってるだけで。…効果がいつまで持続するのか分からないし。元に戻せないかなって」
友人は酒を一口飲むと「何のために?」と、言った。
「なんのって…、今の状態が異常なんだから戻すのは当然だろ」
言いながら、俺は怯えていた。友人はすぐに気付いただろう。そして、俺に呆れている。
カラン、とグラスの氷が鳴った。
「なかったことにしたいのか」
その言葉に俺は押し黙る。
そうだ、気に入らないからって無かったことにしたい。
ムシのいい話をしている。
———最低だ。
「人の気持ちを魔法でなんとかしようとしたのが間違いだったんだ」
俺が言うと、友人は手元のグラスを見つめたまま呟いた。
「…悪かった。俺がマシュー先生を紹介したばっかりに」
「違う、お前のせいじゃない。俺が、バカだったんだ」
友人はチラリと俺を見ると、残っていた酒を一気にあおった。
「分かった。マシュー先生に俺が相談してみる。お前は待っててくれ。なんとかしてみるから」
「———いいのか?」
席を立ち、友人は「元を正せば俺の責任だ。ここは詫びってことで驕らせてくれ」
そのまま友人は去って行った。情けない事に、俺はそれを見守ることしか出来なかった。
自分がまいた種なのに、友人に尻拭いをさせようとしている。
最低最悪。こんな奴だから恋人が出来ないのも無理はない。
だからって、このままでいいのか?
「…だめだ。何やってんだ俺は!」
俺は、激しく後悔しながら席を立った。外へ出るが友人の姿はない。急いで携帯で連絡をするがつながらない。
「くそっ!」
何もかも行動が遅すぎる自分に叱咤する。なんて愚かなんだ。
困ったときは頼ってきて、気に入らないからと後始末をさせる。
友人にとって、俺は迷惑な奴だ。
このままウジウジしていたって何も変わらない。そもそも、これは自分の問題だ。自分で解決させないでどうする?
俺は走り出した。友人はマシューと連絡を取るだろう。ならば行き先は———。
昼間に見るのと、夜では随分雰囲気が違う。
マシューの店へようやくたどり着いたが、この時間にいきなり押しかけるのは非常識だ。だが、それを分かっていても、友人を止めなくてはいけない。
また嫌われてしまうな、と思いながら俺はドアベルを鳴らした。
店は暗く、なんの反応もない。もちろんドアプレートは「CLOSE」となっている。あたりは住宅が並んでいるので、大きな音を立てるわけにもいかない。
なんとなくドアノブを掴むと、それはあっさりと開いた。
どうしよう?
そう思いながら「夜分遅くにすみません…」と言いながらドアを開けた俺は、そのまま固まってしまった。
「…………ない」
ガランとした空間がそこにあった。
窓から差し込む街灯の明かりで、かろうじて中が見える。その、見える範囲でさえ寒々としていた。本当に何もなくなっていた。最初からなかったかのように。
呆然と立ちつくしていたが、携帯の着信音で我に返った。友人からだ。
「律?どうした?」
「……あ、俺。今、マシュー先生のとこ…」
その瞬間、俺は何か強い香りを感じた。
そう感じた瞬間、視界は闇に覆われていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?