3-16

    早足で歩いて行くマクヒョンを追いかける。

    リビングでヒョンに追いついて、その腕をパッと掴んだ。

「マクヒョンっ、待って」

 今、行かせちゃいけないって感じた。

 急に、何かが分かりそうな気がして。

 どうしても今を逃したくないって思った。

「ヒョン、僕」

「ユギョミ、もうやめよう?」

 立ち止まって振り返ったヒョンは、辛そうな顔して、僕の言葉を遮る。

「何を」

「この話、もうしたくない」

「僕は、したい、」

 今しかない。

 ヒョンをまっすぐに見つめる。

    ヒョンに今嫌な思いさせてるってわかってる、ヒョンが嫌がってるって。

 だけど、今じゃなきゃ。

「ヒョン、好きです」

「知ってるよ。そういう風に言ってくれるユギョミのこと、可愛いし俺も好きだよ、だから」

    そう言うヒョンの表情と言葉がぜんぜん噛み合ってなくて、違和感を感じる。

 ヒョンの様子が変だ。僕から逃げようとしてるって感じる。

 なんで?

 僕と目を合わせないヒョンを見て、なんとなく分かった。

    僕の本気に気がついて、気まずくて逃げたいのかも。

 ああ、そうなんだ。

 そう気がついたら、一気に気分がしぼんで。

 突き放される覚悟、まだ出来てないって思った。情けないけど。

「なにその顔」

 ふいに僕を見上げたマクヒョンが強張った顔で、そう言った。

 僕が力を緩めると、ヒョンはすぐに腕を外した。

 僕、拗ねた顔してんのかな。

    だけど今は、取り繕えない。感情、隠せない。

「なんで悲しい顔してんの」

 そうか、僕、悲しい顔してるんだ。

 力なく見ていたら、ヒョンに手のひらで胸を押される。よろけるように後ろに下がって、ソファに座らされた。

「そんな顔されたら、我慢できなくなるじゃん」

「ヒョン?」

「俺、もう無理だから」

「何が」

「もう待てない」

「何を、待つの」

 ヒョンはもう怒ってなくて。だけど、思いつめたような顔でソファに膝で乗り上げて、僕に近づいてくる。

「ユギョミ、逃げていいよ」

「へ?」

 訳が分からずに、ただヒョンを見上げてる。

 ヒョンが僕の顔の横の壁に手をついて、屈んでどんどん顔を近づけて来る。

「壁ドンだ、ね、ヒョン」

「ん、だな」

  え? なに? うそだ。

 そう思いながらも、心臓が駆け足を始める。

    まるで、僕が本当に逃げると思ってるみたいに、ゆっくりと近付いてくるヒョン。

    自分の鼓動で体が震えそうなほど、ドキドキしてる。

 ただ固まってたら、ヒョンが僕の前髪を片手で撫で付けた。

    おでこに濡れた感触。

 心臓の鼓動と同じように体がビクッとして、顔が燃えるように熱くなる。

 マクヒョンは、笑ってなくて。

 冗談でもなくて。

 真剣な瞳に射抜かれる。

 顔が熱くてたまらない、心臓が飛び出そうに激しく打っていて、僕はなにも言えずにただヒョンを見てる。

 ヒョンの顔がまた近づいてくる。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 

 唇に、されるのかと思ったけど、今度は頬だった。

 ヒョンは真剣な顔で、伺うように僕を見る。

 ヒョン、逃げないよ、僕。

 そう口に出す余裕はなくって。

 僕はただ唇を噛み締めてヒョンを見つめ返した。

 緊張しすぎて、目が潤んでくる。

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