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入管収容施設での死亡事件と医療の実態

1. はじめに

 2021年3月6日、名古屋出入国在留管理局に収容されていた30代のスリランカ人女性が死亡する事件が発生しました。出入国在留管理庁は死亡の経緯などの調査を進めていて、『中間報告』を発表しましたが、女性の死因はいまだ究明されていません。今回の記事では、これまで幾度もなく繰り返されてきた、入管収容施設内での死亡事件を振り返りながら、入管収容における医療の実態を探ります。

2.入管収容施設での死亡事件(2007.02~2021.03)

 「収容・送還に関する専門部会」第3回会合における宮崎真委員の提出資料(参考文献1, p.4)、そしてBONDが把握している事例を総合すると、2007年以降、計17人の方が亡くなられています(うち5人が自殺)。

BONDnote死亡事件表修正版

3.病死

 入管収容施設における医療の問題は深刻で、これまでに自殺者を除く12人の多くは病死しています。
 2014年3月30日にはカメルーン人男性が東日本入国管理センターで死亡しました。裁判に提出された監視カメラの映像からは男性が床を転げまわり、もがき苦しむ様子が確認されます。「アイム ダイイング(死にそうだ)、アイム ダイイングーー」。この場面が撮影された約12時間後、男性は心肺停止状態で発見され、搬送先の病院で死亡が確認されました。男性は入管収容施設に収容後に糖尿病であることが判明し、死亡する前月には胸の痛みや呼吸時の苦痛を訴えていました。死亡3日前にこの男性は監視カメラのある「休養室」に移されましたが、この日から死亡するまでの間、医師の診察は受けていないそうです(参考文献2)。

BOND note 死亡事件 カメルーン人

 2014年11月22日には、57歳のスリランカ人男性が死亡する事件が発生しました。同日22日の朝から胸の痛みを訴えましたが、入管側は医師の診察や救急搬送等を実施しませんでした。その後、彼は一般室から単独房に移され、職員が様子を観察することとしたものの、同日午後1時ごろに意識不明の状態で見つかり、搬送先の病院で死亡が確認されたそうです。この事件が起きる2日前に法務省は、2014年3月に東京入国管理センターに収容されていたイラン人男性とカメルーン人男性が相次いで死亡した事件を踏まえ、常駐医の不在などが問題であることを認め、処遇改善の方針を示していました。このスリランカ人男性の死亡事件は、その矢先の出来事でした(参考文献3)。
 5年後の2019年6月には大村入管でハンガーストライキ中のナイジェリア人男性が餓死する事件が発生しました。これを受け、法務大臣は令和元年10月1日の記者会見で常勤の医者の確保ができていない状況を認め、改善する旨を述べています (参考文献4)。
 補足ですが、「収容・送還に関する専門部会、入管収容施設内の処遇に関する現状」で入管収容施設の医療体制についての資料があります。常勤の医師はいないようです(参考文献5)。

BOND note 死亡事件 医療体制表

 ただ、入管収容施設内の医療問題は根深く、常勤の医師が確保できれば解決するほど単純ではありません。入管収容施設内の医療は被収容者が収容に耐えうるほどの健康維持しか保証されておらず、施設内では常に被収容者を医療から遠ざけようとする力が働いています。例えば、医師から被収容者本人に対し、体調不良の原因や病名の説明は一切ありません。検査の結果でさえも、情報開示請求をしなければ確認することはできません。被収容者は医療へのアクセスができない状態にあります。また、被収容者の方と面会すると、「医師の診察を願い出ても、何日も待たされる」とよく耳にします。診察されたとしても、痛み止めや精神安定剤、睡眠導入剤などが処方されるのみで、病を治すための根本的な治療は提供されません。

  一方で、被収容者処遇規則では次のことが記述されています。

「第30条 所長等は,被収容者がり病し、又は負傷したときは,医師の診療を受けさせ,病状により適当な措置を講じなければならない。 収容所等には,急病人の発生その他に備え,必要な薬品を常備しておかなければならない。」

 「適当な措置」とは一体何なのか、考えさせられます。

4.自殺

  2007年から現在までに5人が入管収容施設内で自殺しています。その中のいくつかの事例を当時の新聞記事をもとに振り返ります。

 2008年1月にはインド人男性が自殺しています。

「法務省西日本入国管理センター(大阪府茨木市)は4日、収容中の20代のインド人男性が1日に首つり自殺した、と発表した。男性は不法滞在を理由に強制退去命令を受け、月内にもインドへ出国の予定だった。前途を悲観する内容の遺書が残されていたという。同センターによると、男性は1日午後1時40分ごろ、収容施設3階のシャワー室で、金具に衣類を結びつけて首をつっているのが見つかり、約1時間後に搬送先の病院で死亡が確認された」(参考文献6)

 2009年3月には中国人男性が自殺しています。

「東京入国管理局によると、自殺した中国人男性は、日本での不法残留で収容され、強制退去の手続き中だった。この男性は、20日午前9時15分頃、施設内の一人用居室で、窓の取っ手に電気ポットのコードをかけて首をつっていた。職員が発見後、直ちに病院へ搬送され応急処置を受けたが、21日明け方死亡した」(参考文献7)

 自殺未遂も後を絶ちません。2018年5月には法務省東日本入国管理センターで3人が相次いで自殺を図りました。日系ブラジル人とカメルーン人、トルコ国籍のクルド人の男性3人がシャワー室で首をつろうとしたり、洗剤を飲んだりして自殺を図りました(参考文献8)。
 さらに、入管職員から精神的に追い込まれ、ある被収容者は収容施設内で10回、自殺未遂を繰り返したという事例もあります(参考文献9)。
 このように、日本の入管収容施設には、身体的・精神的に追い詰められて自殺・自殺未遂にまで至る過酷な状況が存在しています。

5.なぜ入管で死亡事件が繰り返されるのか

 そもそも、なぜ入管は人を収容、拘禁することができるのでしょうか。
入管法第五章において、退去強制手続きと入管の持つ収容権が規定されています。
 その中では「退去強制を受ける者を直ちに本邦外に送還することができないときは、送還可能のときまで、その者を入国者収容所、収容場その他法務大臣又はその委任を受けた主任審査官が指定する場所に収容することができる」という記載があります。これは事実上の無期限収容が可能ということであり、国連をはじめ多くの批判を集めています。
 ここから分かることは、入管による収容の目的は「送還」であるということです。

 日本国憲法は、国家の強大な権力が暴走しないために国家権力を縛り、権力の行使を制限しています。そのため、憲法に基づき入管の収容権は、被収容者の命や健康を守ることを前提に付与されていなければなりません。しかし、実態は「被収容者の命、健康を守り、人権を尊重すること」とかけ離れています。なぜなら、今回の名古屋入管死亡事件をはじめ、BONDが面会活動などで見聞きしている入管の収容によって起きている現実の問題(長期収容、再収容、医療、その他処遇など)は、入管が、自分たちの目的の実現のために人権侵害を手段としていることを明らかにしているのです。被収容者に「こんなところに収容されるのは嫌だ」と仕向けて、在留の意思を封じ、諦めさせるといっても過言ではありません。
 このように収容の目的、送還することは矛盾しており、当事者の帰れない切実な事情と、入管の何としても帰すという対立関係にあるのであり、入管内で起きている様々な医療の問題は上記のように入管の「人権侵害を手段として送還する」という目的から医療も位置付けられることに根本的な原因があります。

 世界医師会の「リスボン宣言」(参考文献10)において患者の権利、医者の義務、患者の権利が保障されおり、本来医療は病を治すためにあることを採択しています。しかし、入管収容施設内において、本来の医療は否定され、収容の目的から医療措置を施さない状況があります。つまり、本来の医療をしたら送還できないからしないという入管の「送還一本やり方針」との矛盾から病気を治癒する医療が否定されています。患者が求める治療はしない(できない)のです。

【参考】
今回の名古屋入管死亡事件の例では、入管が「詐病」を疑い、それを前提に医師にも伝える。STARTブログリンク
「スリランカ人女性との面会記録」
「中間報告からの抜粋」

 普通の生活であれば、病気になれば治療を医師に託し、医師と患者の関係の中で診察、治療してくれると期待して病院にいきますが、入管内の医療はその患者からの期待に応えられない中で、重大な医療問題が起こっているのです。
 この状況を解決するためには、入管が、収容主体としての責任義務を率先して果たす必要があります。この度の名古屋入管死亡事件は「果たさない」ことを明らかにしたのです。その理由は上記にまとめた「収容の目的が送還」というスタンスが根底にあるからです。

6.最後に

 入管収容施設内での死亡事件は幾度となく繰り返されています。入管の体質が変わらない限り、これからも同様のことが繰り返されることは間違いありません。被収容者の命を預かる施設が果たす当然の責任として、まずは今回のスリランカ人女性死亡事件の真相究明及び原因分析を行い、実効性のある再発防止策を確実に遂行することが急務です。
 今回の記事執筆にあたり、2007年から現在に至るまでに起きた死亡事件をまとめた表を作成しました。一見、無機質に見えるかもしれませんが、私自身タイピングするにつれて、亡くなった方々、一人一人の命が重くのしかかってくるような気持になりました。一人一人の顔や、彼らの家族、大切な人を想像するとなんとも言えない気持ちになります。
 自分自身がそうであったように、人が死ぬとはどういうことなのか?ということを多くの人は、実はあまり考えたことがないのではないでしょうか?
 最後までお読みいただきありがとうございました。


参考文献
1.出入国在留管理庁 収容・送還に関する専門部会 第3回会合 令和元年11  月25日 宮崎委員提出資料 http://www.moj.go.jp/isa/content/930004737.pdf
2.「特集ワイド:入国管理センターーで収容者死亡 症状悪化も「放置」なぜ」、『毎日新聞』、2019年7月8日、朝刊、p2
3. 日本弁護士連合会「東京入国管理局における被収容者の死亡事件に関する会長声明」https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2015/150114.html
4. 法務省「法務大臣閣議後記者会見概要令和元年10月1日」http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_01169.html
5.出入国在留管理庁 収容・送還に関する専門部会 第4回会合 令和元年12月12日「入管収容施設内の処遇に関する現状」http://www.moj.go.jp/isa/content/930004588.pdf
6.「不法滞在で収容のインド人が自殺 西日本入管 【大阪】」、『朝日新聞』、2008年1月4日、夕刊、p12                    7. 人民網日本語版「東京入管局収容中の中国人男性が自殺」http://j.people.com.cn/94475/6620054.html
8.「入管収容者3人、相次ぎ自殺未遂 首吊りや洗剤服用で 今月/茨城県」、『朝日新聞』、2018年5月29日、朝刊、p29
9.志葉玲「入管の虐待で精神崩壊、自殺未遂10回-難民男性が危機的状況」https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20200416-00173620/
10. 「リスボン宣言」https://cellbank.nibiohn.go.jp/legacy/information/ethics/documents/lisbonj.html#:~:text=%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E3%80%81%E6%82%A3%E8%80%85%E3%80%81%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%B8%80%E8%88%AC%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86,%E5%88%97%E6%8C%99%E3%81%97%E3%81%9F%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82