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短編小説『先輩以上、友達未満』



 放課後、だいたい野球部の準備体操の声が聞こえ始める頃、校舎から離れた図書館に亜庫芽杜(あぐらめもり)は足を運ぶ。
 制服のリボンを着けず、靴下も学校指定の白ではなく柄の入ったものをあえて履き、髪にはメッシュを入れ、先生に怒られても自分のスタイルを貫く、所謂不良である亜庫だが、彼女には小説家になりたいという夢があり、本を読む事は好きだったので図書委員の仕事は真面目にやっている。
 今日は図書館の受付当番だった。

「きざむさん、居ます?」
 図書館に入るなり、亜庫は同じ当番である二年生の先輩、鳥財紀沙夢(ちょうざいきざむ)を探した。
 その鳥財は受付カウンターの奥、事務室に入ると、ソファに腰掛けたまま眠っていた。
「また眠ってる……きざむさん、起きてくださいよ」
 亜庫が肩を揺すると、鳥財は「寝てない寝てない」と言いながら目を開けた、寝てないとは口だけで絶対に寝ていたが、亜庫はあえて指摘する事もなかった。
「せめて受付には居てくださいよ」
「どうせ誰も本なんて借りないよ」
 鳥財はそう言いながらぐーっと伸びをすると、そのまま両腕を亜庫に差し出した、「立たせてくれ」という合図だ。 受付当番が鳥財と同じ時にはお決まりのやりとりだったので、亜庫は慣れた様子で、とはいえため息を一つ吐いてから鳥財の差し出した腕を掴み、引っ張り上げた。

 亜庫らの高校の図書館には殆ど生徒は来ない、来たとしても本を借りたりしない、大抵の場合、その時に読んでそのまま帰るだけか、なんとなく寛ぎに来るくらいである。

 二人が受付カウンターに着いてから三十分、どうも今日は図書館に一人も来客する様子がない。
「言ったじゃん」
 鳥財は亜庫を流し目で見ながらそう言って大きく欠伸をした。
「まぁそうですけど、きざむさんが居るかどうかわからないじゃないですか、受付に居てくれないと」
 亜庫がそう言うと、鳥財は鼻で笑い、何かに気付いたように首を上げた。
「あぁ、私を探してたって事は〜……」
 鳥財の言葉を遮るように、亜庫は鞄に入っていたノートを差し出した。
「読んで貰っていいですか?」
「おっけー」
 鳥財は軽く返事をすると、亜庫の差し出したノートを手に取り、付箋の貼ったページを開き、そこに書かれた文章に目を通し始めた。

 小説だ。

 小説家を夢見ている亜庫はいつからか、同じ図書委員である鳥財に信頼を置き、自作の小説をよく読んで貰っていた。
 いつからそうなったのか本人達もあまりよく覚えていないが、普段眠ってばかりに思えて(実際眠ってばかりだが)ものを見る目に長けた鳥財と亜庫の相性は良く、互いにいい刺激を与え合っていた。

「導入はかなり良いかも、かなり引き込めると思う、でもそこが一区切りになって内容に入っていくのはちょっと惜しいかもね、導入からのモチベで読み進められた方が読む人は気持ちいいんじゃないかな」
 鳥財の指摘は的確で、それでいて棘がない、だから反抗的な気質の亜庫も信頼を置ける、鳥財からノートを返してもらうと亜庫は「ありがとうございます」と一礼した。


 ──十八時、チャイムが鳴った、部や委員会活動の終わりの合図だ。
「ついに今日は誰も来なかったね」
 チャイムの音で目を覚ました鳥財は伸びをしながら言う、小説を読んだ後すぐに眠っていたので、たとえ来ていても気付かないが、亜庫は何も言わなかった、事実、誰も来なかった。
「いいじゃないですか、楽で」
 亜庫が荷物をまとめながら立ち上がり「さっさと鍵返して帰りましょう」と一足先に図書館を出た。
「また私に鍵任せるのーー?」
 鳥財もすぐに荷物をまとめると、図書館の消灯、戸締りをして亜庫を追った。

 図書委員の受付当番は図書館の戸締りまでして、鍵を職員室まで返却する、それが仕事だった。
 だが亜庫は不良として学校から目をつけられている為、職員室に入りたがらない、なので、鳥財が図書館で眠っている間亜庫が代わりに受付をし、鳥財は鍵を返却する、そういう風にしようと言ったわけでなく、自然にそういう分担になっていた。
 鳥財が鍵を返している間、亜庫は先に校舎を出て、校門前で待ち合わせる、図書館以外の学内で鳥財と居て、彼女に悪い印象が付くと申し訳ないと気を遣っているのだ。
 これも明確にそういう風にしようと言ったわけではない、気付くと自然ににそのようになっていた。
 亜庫と鳥財は図書委員以外殆ど関わりがない、友達というにはお互い知らな過ぎるし、他人というには信用し過ぎている、学年は違うが先輩後輩というには軽い間柄だ。

「おまたせ」
 鳥財が校門前まで出てきた、亜庫は何も言わずに歩き始める、鳥財も何も言わず、歩調を合わせ隣を歩く。
「小説の話だけど」鳥財が話し始める「最初に見せて貰った時に比べて、随分描写がわかりやすくなったよね、登場人物に感情移入しやすくなってる」
「ありがとうございます」と亜庫。
「今日見せて貰った小説の主人公、ちょっと君に重なったよ、実体験とかも入ってたりするの?」
「さぁ、どうでしょう、その辺りあんまり意識して無いんですよね、自分にあった事とか、結構すぐ忘れちゃうんで」
 亜庫は少し考えて「どういうところが重なりました?」と鳥財に尋ねた。
 鳥財は「えっと……」と二、三秒考えてから「純粋なところ?」と疑問形で返した。
「純粋ですか? 私が?」
 亜庫は自身の評価として、“純粋”とされたのは初めてだった「不良ですよ、私」
 それに対し鳥財は「純粋なんじゃない?」と言い、ふふっと笑う。
 その様子に亜庫が眉を顰めると、それに気付いてか鳥財はこう続けた「そうじゃないと、私みたいなのに自分で書いた小説読ませてくれないでしょ」
「それは」亜庫が返す「きざむさんはちゃんとしてるから」
「ちゃんと? いつも眠そうで、ぼーっとしてる私が?」
 鳥財の横顔が亜庫の目に少し寂しげに映った。
「……私、こんななのにものに対しては結構言うでしょ? それを有り難がってくれる人、この学校で君だけだよ」鳥財は続ける「自分が作ったものを誰かに見せるってすごく難しい事だよ、それができるって、君は本当に強いんだなって、ずっと思ってた。 私、優しくないのに、君はいつもありがとうって言ってくれるよね」

 お互い無言になり、二人の歩く音だけになった、歩調を合わせていても、音のタイミングはずれていた。
「きざむさんは優しいですよ」
 亜庫は立ち止まり「私に対して普通に接してくれましたから」と続けた。
 鳥財も足を止め、亜庫の方に振り返った、間は三歩ほど離れていた。
 鳥財は亜庫の顔を見て微笑んだ。
「……君、苗字なんだっけ」
「知らなかったんですか!?」亜庫は驚き「亜庫です、下の名前は芽杜」と自己紹介した。
「そっか、よろしく亜庫! 私は鳥財、下の名前は紀沙夢」

 亜庫は鳥財の自己紹介に呆れ笑いをしつつ、三歩ほど空いた間を詰め──二人は帰り道を歩き始めた。

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