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気がついた時。

事故現場のとある噂。「あそこ、ずっと人が立ってるんだって」
夕暮れ時、噂を聞いた男が訪れた時、そこには・・・

大体35分ほど

堂棺 漆桶(どうかん しとう)・・・何を考えているのかわからない怪しい男。

菊嶋 號(きくしま ごう)・・・事故現場に来た男。事故にあった人物とは知り合いのようだ。


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CAST
堂棺 漆桶 男:
菊嶋 號 男:

基本的に男サシのつもりですが、堂棺さんは不問扱いで大丈夫です。一人称を変えれば大体OKなはず。

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夕日の中


堂棺:あのさ、いつからそこにいるの?

:えっ?

堂棺:ん?聞こえなかった?いつからそこにいるの?って聞いたんだけど。

:あぁ、えっと…いやあの、あなた、誰ですか?

堂棺:頼むから、質問に質問で返さないでくれない?会話が進まないんだけど。

:いや…す、すみません…

堂棺:しかたないな……それで、いつからここにいるの?

:はぁ、えっと、1時間?いや、もう少し前かな?ちゃんとは覚えてないですけど…

堂棺:ん〜、曖昧だなあ…まあいいよ。急な質問だったしね。ごめんごめん。

:いえ…

堂棺:で、どうしてこんなところでボーッとしてるの?

:どうして?どうしてってそれは、ここで、えっと…。

堂棺:………瑠璃色っていうのかな?そのネックレスの色は。

:ネックレスって?

堂棺:よく見たら綺麗なものつけてるなって思ってね。話題を変えるのにはちょうどいい。自分で選んだの?

:あぁ、つけてたんだっけ。…………これ、死んだ彼女が選んでくれたんです。

堂棺:…聞かないほうがよかった?

:いえ、大丈夫です。気にしないでください。

堂棺:ずかずか踏み込みすぎたかな。悪い癖だ。申し訳ない。

:いえ、本当に大丈夫ですから。

堂棺:良いものだと思うよ、それ。大切にされているのがわかる。

:ありがとうございます。

堂棺:ていうか、まだ名乗ってもいなかったね。俺は堂棺漆桶。よろしく。

:珍しい名前ですね…。僕、菊嶋號って言います。よろしくお願いします。

堂棺:なかなかかっこいい響きの名前してる! えっと、漢字は…?

:あぁ……普通に植物の菊、しまは山に鳥のやつ、ごうは号令の号に虎を合わせたほうの號です。

堂棺:…….いいねえ。あぁ、あぁ、そうか。號は旧字体のほうか。とらかんむりっていう部首からしてかっこいいよね。

:そんな部首の名前なんでしたっけ、これ?意味は「叫び」とか、そんな感じだっていうのは覚えてるんですけど…

堂棺:大体そんな感じだよ。合ってる合ってる。

:自分の名前の漢字なのに、あんまりよく知らないなぁ。

堂棺:ろくに調べもせずに、自分の名前の意味をまったく知らない人なんてたくさんいるだろうし、いいんだよ。

:そういう、ものですかね

堂棺:うん。そういうもの。

:ははっ……堂棺さんの下の名前の「漆桶」って、かっこいいですけどあんまり聞かないですよね?どういう漢字で、どんな意味かって、堂棺さんは自分で知ってますか?

堂棺:けったいな名前だよね!えーと漆桶はね、「漆」に「桶」の二文字。本来「しっつう」って読みで、真っ黒でなにもわからないこととか、妄想とか、執着の意味もあるんだって。

:なんか、意味まで不思議な名前ですね。

堂棺:どうしてこんな名前になったと思う?

:えっ…!?いや、全然、わからないです。どうしてなんですか?

堂棺:生まれたときにさ、力のある霊能力者の人にみてもらったらしいんだけど、何もわかりません。この子の行く先が、まったく見えてきませんって言われたらしいんだ。

:………….だから、真っ黒で、なにもわからない、漆桶……

堂棺:そういうこと。意味はぴったりだけど、せめて名前だけでも明るい名前にしてくれたらよかったのに!って思ったよ。今は気に入ってるけどね。絶対人と間違われないし。

:あはは!確かにこれだけ珍しい名前なら、一回聞いたらもう忘れないでしょうね!

堂棺:だけどなんかイメージ良くない気もするから、複雑なんだよねえ。

:ミステリアスって思っておけばいいんじゃないですか?

堂棺:とりあえずはそう思っておくよ。

:……あの、堂棺さんは、どうしてここに?

堂棺:俺?…...ちょっとした噂について、様子を見にね。

:噂……

堂棺:もう結構前になるけど、この場所で、事故があったのは知ってるよね?被害者は女性……だったかな。

:………はい。

堂棺:噂が広まったのはその事故の後。ここ、事故現場にずっと人が立ってるっていうんだ。何をするでもなく、ぼーっと。

:…………

堂棺:だけど、そんな場所に意味もなく立ち続けるなんてこと、普通はしないと思うんだよ。そうでしょ?

:……その人の服装とか髪型とか、そういうのは?

堂棺:ろくな情報なし。訳あって色々調べてるけど、どこの誰なのか、何がしたいのか、さっぱりだ。見た人に話を聞こうにも、大体の人は気味悪がって、すぐその場を離れちゃうみたいだし覚えてもいない。

:………………の人。

堂棺:うん?

:その噂の、立ってるっていう人……….僕の、恋人です。

堂棺:……….寝耳に水だな。どういうこと?

:先月、ここで事故死した沖柑奈は、僕の恋人でした。

堂棺:…今広まってる噂の人はその死んだ彼女だと?

:はい。

堂棺:君が見たの?

:あ…。

堂棺:…なるほど、確証があるわけじゃないんだ。

:……

堂棺:理屈じゃない、って感じか。なんともね…

:…いや!!何回も、見てるんです。ちゃんと…

堂棺:……ここ座って。話聞かせてくれない?

號、段差に座る

:……………

堂棺:…んん、まあ、無理しなくてもいいけど。

:いえ!…話させてください。

堂棺:……何があったの?

:……柑奈が事故に遭ったあと、ここで彼女を見たんです。服も、髪型も、生前のままでした。

堂棺:ここで、ね。いつ?

:最初は、事故の3週間後くらいに。そのあとも、何度も、何度も。数えきれないくらい見てるんです。

堂棺:…とどのつまり、他の目撃者と大差はないわけだね。でも、かなりの回数見てるようだし、元恋人が言うんだから柑奈さんで間違いないんだろう。……彼女、何か伝えてきたりは?

:っ!……………その…

堂棺:………言いにくい?

:いえ、その…わからないんです。何を伝えたいのか。

堂棺:わからない?

:はい…。この場所に柑奈がいて、それで、僕に何か言っているんです。すごく、必死に、辛そうな顔で。けど、声が聞こえてこないんです。

堂棺:冷静だなぁ。…いや、ごめんね。死人が目の前にいるっていうのに、格好も表情も、ちゃんと見てるみたいだからさ。

:それは…自分でも不思議です。柑奈だからかな…。とにかく、何度も会ってるのに、なんて言ってるかは全然わからなくて…

堂棺:諦観しなくちゃ、ね。彼女が君に何を伝えようとしてるのか。そしてそれは彼女のことなのか、君のことなのか。他のことなのか…

:ていかん…?

堂棺:”物事の本質をはっきり見極める”ってことだよ。名前の話じゃないけど、言葉の意味は調べると結構楽しいよ?

:あぁ、なるほど…。今、スマホ失くしてて調べられないですけど、今度調べてみます。

堂棺:真摯だなあ。まあ、本当に楽しいからおすすめだよ。さて、そんなことより柑奈さんのことだ。もう少し詳しく話せる?

:詳しくって言われても、これ以上のことは自分にもわからなくて…。柑奈の姿を見るようになって、何か伝えようとしていることに気づいてから、何度も聞こうとしてるんです。けど、本当になにもわからないんです…!

堂棺:んん……。ね、よかったら、君と柑奈さんについてもっと話してくれないかな?どこで知り合った、とか。許せる範囲で。

:…………?それは、どうして?

堂棺:自分がそう思ってないことが、実は重要なことだったりするからね。何気ないことでも、手掛かりになるかもしれない。それに、人が立ってるっていう噂はあるけど、その人が何か言ってるなんていう話は聞いたことがない。おそらく彼女は、君にだけ伝えたいことがある。となると、君と彼女の話から何かわかる可能性が高いと思わない?

:そう、か……。そうかもしれないですね。はい。ええっと…

堂棺:楽にしなよ!何も尋問しようってんじゃない。思い出語りだと思ってさ。じゃあ~~、出会いはどんな感じ?

:はい…。柑奈とは、高校1年生の頃に知り合いました。入学してすぐに、同じクラスの同級生として。

堂棺:連絡先はどっちから聞いたの?LINEとか、そういうの。

:えっと………僕です。

堂棺:なかなか積極的ぃ!いいねえ。それで?

:え、えっと…知り合った年の夏の終わりくらいに、僕が告白して、OKしてもらえて、付き合い始めました。

堂棺:いいじゃない!!青春だなあ……ちょっと羨ましいよ。

:ぐっ、やっぱり改めて誰かに話すとなると、恥ずかしい...!!

堂棺:男性から女性に告白する……いいよねぇ。必ずそうしなきゃいけないってわけじゃないけど、かっこいいし、やっぱり嬉しいと思うよ、女性としては。

:はい、そう思います。柑奈も、告白された時は嬉しかったって言ってくれてました。もし、あんまりにも僕からのアプローチがなかったら、自分から告白するつもりだったみたいで...正直、柑奈の口から告白の言葉を聞いてみたかったなっていう気持ちもあったんですけど、なんというかこう、男の自分から言ったほうが...ね...!

堂棺:慺慺(ろうろう)とした告白だったんだろうね、君のことだから。

:ろうろう......?また難しい言葉ですね……それも今度調べてみなきゃ。

堂棺:うん。そうしてみて。悪い意味じゃないよ。むしろ褒めてる。

:あははっ、そうなんだ。なら良かったです!

堂棺:で、付き合ってからは?

:ああ、はい。いろんなことをしました!休みの日に出かけたり、旅行に行ったり。楽しかったなあ。…………考えてみれば、2人で一緒の時間を過ごすことはたくさんあったのに、それでも伝えられなかったことがあったってことなんだよな…。ずっと溜め込ませてたのかな…

堂棺:もし仮にそうだとしても、仕方のないことだよ。人間だからね。いくら一緒にいたとしても、思ってることが全部伝えられるわけじゃないさ。

:そうですね…。確かに、堂棺さんの言う通りです。

堂棺:本当に伝えたいことほどなかなか伝えられなかったりするものだ。
……柑奈さんが君に伝えたいことっていうのが、生きている頃のことなのか、死んでからのことなのか。どっちだろうね。

:……わかりません、僕には。

堂棺:ん、そう。

:堂棺さんは、どう、思いますか?柑奈が伝えたいことって、なんなんでしょうか?

堂棺:当然、わからないよ。心当たりがあるとするなら、やっぱり君じゃないのかな?

:それは………まあ、そうですよね。

堂棺:ううん…そうだなあ。喧嘩したりは?

:喧嘩は…ないですね。ちょっとした言い争いっていうか、なんか、そういう衝突?みたいなのはありましたけど、関係に亀裂が入るような大きな喧嘩は全然。

堂棺:だとすれば、あの時のことを謝りたくて、とかも無いねえ...。

:……多分、僕から柑奈に謝らなくちゃいけないことも、ない……はず…。デートの日の寝坊はその場で謝ったし、それからえーっと……。

堂棺:……よっぽど仲が良かったんだね。小さなぶつかりは抜きにしても、喧嘩したことがほとんどないなんてさ。

:それはもう、柑奈のおかげです!!本当に優しくて、思いやりのある人だったので。

堂棺:赤くなってきてるよ、顔。君は、柑奈さんの優しいところが好きだった?

:はい!好きでした。……いや、そりゃあ、そこだけじゃないですからね!?

堂棺:ん~…見た目とかも?

:な、なんか、いやらしい言い方に感じますけど…そうですね。見た目も、性格も、声だって。柑奈のことは本当に、心の底から、好きでしたよ…。ああ!恥ずかしいなあもう!!

堂棺:他人のことなのにこっちまで恥ずかしくなってくるなぁ(笑)

:僕のほうがずっと恥ずかしいですよ!!!!!

堂棺:額に入れて飾っておきたいほど、見事な”べた惚れ”だったわけね。

:う、なんか、すみません…。正直、そう言われても仕方ないとは思ってます…。というか実際、友達には言われてましたね!そのくらい、柑奈には惚れてました...。

堂棺:自覚はあるんだね。いいんじゃない?束縛してたとかじゃないんでしょ?

:当たり前ですよ!もし束縛して自分の傍にいさせたり、自分のしてほしいように行動してもらったりしても、それで嫌われたら意味ないです。それに柑奈は優しかったけど、だからってそこに甘えていたら、いけないですから。

堂棺:柑奈さんのこと、大切にしてたんだねぇ…。これだけ想われてたら、彼女も幸せだったんじゃないかな?今は、そうとは言えないかもしれないけれど。

:…そう、ですね。

堂棺:…暗くなってきたね。今日は柑奈さんには会えないかな?

:みたいですね。今日こそなんて言ってるのか知りたかったんだけど…

堂棺:推測もできない?

:ずっと考えてはいるんです。けど、本当に思い浮かばなくて...。

堂棺:類例として、死んだ人が誰かに何かを伝えようとしてるっていう話はいくつもあって、大体は恨みか感謝のどちらかのことが多いけど…

:恨み…もし、柑奈が僕に…

堂棺:今回は違うよ。

:え?

堂棺:時に號君。君、本当に柑奈さんがなんて言ってるのか、わからない?

:いや、なんですか、いきなり。わからないですよ…。だからこうして堂棺さんとー

堂棺:頑(がん)として認めようとしないんだね。まあ、そりゃそうか。

:は…え?

堂棺:大切に想うことが、毒になりうることもあるんだよ。ああいや、毒は言いすぎだな。失敬失敬。

:いきなりなんですか!?何を言ってるんですか堂棺さん!

堂棺:今から話すことは、君と柑奈さんについてのことだ。落ち着いて聞いてくれる?

:何を………

堂棺:説明の前に、事実から伝えておこうか。
君の恋人、沖柑奈さんは”去年の9月に”亡くなった。
そして、菊嶋號君。君はその翌月、”去年の10月に”亡くなっている。

:…………………………は?

堂棺:つまり、君たちはすでに2人とも亡くなってるんだ。

:は………何を…!!どうしていきなりそんな嘘を言い出したんです!?

堂棺:断じて嘘じゃない。飲酒運転の車に轢かれて亡くなった女性。そして後を追うように自殺した恋人の男性。ネットで話題になっていたよ。今ではもう忘れられかけてるけどね。

:嘘だ……!!

堂棺:大学の友達、覚えてる?君も柑奈さんも仲が良かった、高野君だ。彼から俺に話があった。”噂になっているのはきっと自分の友人たちだ。なんとかしてあげてほしい”ってね。

:嘘だ!!!!!!

堂棺:悲しいかな、事実だ。

:僕は…だって僕は柑奈の噂を聞いて、それで…

堂棺:来週の土曜日は柑奈さんが亡くなった日から3週間後。そして、君が亡くなった日でもある。

:僕が亡くなったって…ねえ、堂棺さんー

堂棺(前と被せて):君は、自分が死ぬ直前にここで柑奈さんのことを見たんだよ。

:僕が死ぬ前…?何を言ってるんです!?本当に…!

堂棺:君は柑奈さんの死後、かなりショックを受けていた。当たり前だ。柑奈さんの死はあまりにも理不尽だった。そんな君の元に噂が届いた。柑奈さんの事故現場に、女性がずっと立っている、とね

:そう、そうです!その噂を聞いて僕は!!

堂棺:立っているのが柑奈さんだと思った君は、彼女を一目見たいと思って、事故現場に向かった。事実、そこに立っていたのは柑奈さんだったけれど、だからこそ、今にも掻き消えてしまいそうな柑奈さんの姿に現実を突きつけられた。彼女は死んだとね。皮肉なことに、一目見たいと願った彼女の姿を見たことで君の精神は限界を迎え、死を選んだ。

:いや!!!……いや、そんなはずない!

堂棺:件の噂。そもそもは君が聞いた通り。”事故現場にずっと女性が立っている”だった。けれど君が聞いた当初の噂と、今流れている噂は少し違う。
曰く、”事故現場だった場所にずっと人が立っている”
もっと正確に言おうか、
”事故現場だった場所に誰かがずっと並んで立っている”

:並んで……?

堂棺:並んでいるんだ。人が2人。この意味、分かるよね?

:わからない…

堂棺:いい加減にしろ。

:……っ!

堂棺:誰も前に進めていないんだ。去年柑奈さんが死んで、そして君が死んだあの日から誰も!君も友人も…!そしてー

:うるさい!!黙れ!!わけのわからないことをいうのはやめてくれ!!

(間)

堂棺:……論より証拠か。

:え?

堂棺:嘘だと思ってるんだろう?俺の話。

:…はい。勿論!だって、柑奈は確かに去年亡くなりましたけど、俺は死んでない!勝手に死んだことにされて、信じられるわけがないでしょう?

堂棺:結果的に君が柑奈さんを苦しめているとしてもか?

:………は?

堂棺:どうしても認められないようだから見せよう。君の友人、高野君とのやりとりだ。

(堂棺が號に高野とのやりとりを見せる)

:………柑奈さんと、號が死んで…もう1年がたちますが......?

堂棺:良い友人だよ、彼は。ずっと君たちのことを気にかけて、自分は見えないからと見える人間を探して頼みこみ、聞いた特徴から噂になっているのが君と柑奈さんだとわかって俺に相談してきた。

:...…

堂棺:わかっただろう?

:……!

堂棺:背を向けてはいられないんだよ、もう。

:背を向けてなんか…!!こんなの!

堂棺:丁寧に作りこまれた嘘だと、まだ思ってるのか?仮に本当に嘘だとしても、そんな嘘をついて俺に何の得があるんだ?

:っ!!それは……

堂棺:もう目を背けるのはやめろ。友人の努力を無碍にするな。彼女の……柑奈さんの声を早く聞いてやれ。

:……声を?

堂棺:来週土曜日が君の命日だ。柑奈さんも君も、1年前に亡くなってる。だが君は、”自分は生きていて、先月死んだ沖柑奈は僕の恋人だった”と言う。じゃあ聞こう。先月死んだばかりのはずの柑奈さんがここに立っている姿を、君は何回見た?数えきれないとはどれくらいだ?
いったい”何日間”彼女が立っている姿を見た?

:なんで?いや、僕はでもあの日に柑奈を見て......…うぅ…

堂棺:呻いても真実は変わらない。君は去年自分が死んだ直後から、彼女の姿を見続けている。この1年の間ずっと。

:いや......いや......!!違う!!僕は生きていて!!……生きてる…んだ…僕は…

堂棺:……あんたさ、いつまでそうしてるつもりなんだ?

:いつまで?僕は柑奈の伝えたいことが分かればそこで…!

堂棺:ん~、根本的に間違ってるんだよ。柑奈さんが伝えようとしていることを受取ろうとしてないのはあんただ。

:…は?なんですかそれ?どういうことですか?僕はずっと柑奈の声を聞こうとしてる!!

堂棺:大切な人からの呼びかけにずっと聞こえないふりをしておいてか?

:ちがう!!!僕は柑奈の声が聞こえない!!本当に聞こえないんだ!!

堂棺:半端なんだよ!何かを伝えていることだけ分かってるのが余計に質が悪い!あんたがそのままだとあんたも柑奈さんもずっとこのままだ!!

:…柑奈がここにいるのは僕のせいだっていうことですか?

堂棺:もし、もっと早く事実にたどり着いていれば、みんなはもっと早く楽になれた。

:僕が…?

堂棺:運命を捻じ曲げたのは自分だっていうのに捻じ曲げた先を見るのを怖がってる。

:捻じ曲げた、先…?

堂棺:信じたくないことに蓋をして、気づかないふりを、いや、気づかないふりをしていることにすら気づかない。

:信じたくないこと…気が付いてないこと…

堂棺:ん?

:僕は何に気が付いてないんだ…?

堂棺:出るんだ。

:出る?

堂棺:ループから抜け出せ。

:僕がループ…?繰り返し...?柑奈は…?柑奈も…?

堂棺:ん……あんたと一緒だ。あんたの影響でな。

:そんな……

堂棺:だから受け入れなくちゃいけない。彼女のためにも。

:僕は…じゃあ…

堂棺:よく聞け。菊嶋號。

:はっ

堂棺:あんた、死んでるよ。気づいてないだろうけど。

:はっ……!はっ……!

堂棺:嘘だと思う?だろうね。いきなりこんなこと言われても信じられないだろう。でも本当だよ。

:あぁ…

堂棺:あんたが自覚することが大切だ。だから、聞きたくないだろうけど言わせてもらう。あんたは、もう、死んでるんだよ。

(間)

:……はい。

堂棺:………

:僕は去年の今頃…死にました。

堂棺:ふう………落ち着いたね?

:はい…

堂棺:君がスマホを持ってないのも、失くしたんじゃない。そもそも死ぬ時に持っていなかったから今手元にないんだ。

:ははっ…!自分のことなのに、全然わかってなかったな。

堂棺:君は柑奈さんが死に、君は生き続けるという未来を捻じ曲げ、君ごと柑奈さんをここに縛り付けていた。
って、もうこんなこと言う必要もないか。自覚したもんね。

:はい。堂棺さんのおかげです。…柑奈にはちゃんと、謝ろうと思います。

堂棺:うん。それがいい。

:そうだ、高野に、長い間申し訳なかった、ありがとうって伝えていただけませんか?

堂棺:もちろん伝えておくよ。ついでに君の家族にも報告するね。君が夢枕にでも立てればいいんだろうけど、そんな時間もないだろうし。

:時間…そうか。もう1年先延ばししてるんですもんね。

堂棺:その通り。さてと、これでご家族と友達はやっと君と柑奈さんを心から送り出せる。2人も歩き出せる。一件落着だね。

:ありがとうございます。

堂棺:どういたしまして。さあ、柑奈さんと一緒に行くといい。彼女へかける一言目には気をつけるんだぞ?謝罪と同じくらい、感謝も大事だからね。

:はい…あ、でも今日、柑奈はいないんじゃ…?

堂棺:姿を見せていなかっただけだよ。いつもいて、いつもいない。死者っていうのは常識が通用しないからね。ほら。

(柑奈、號の後ろに立っている。號、振り返る)

:……っ!柑奈…!!

(柑奈、嬉しそうに微笑んでいる)

堂棺:良い笑顔だ。どれ、邪魔者はさっさと退散しよう。道中お気をつけて、お二人さん。
(振り向きつつボソっと)…まあなんともないだろうし、何にもさせないけどね。

(歩き出す堂棺。少し経ってから)

:堂棺さん!!

堂棺:ん?(振り返りつつ)

:本当に、本当にありがとうございました!!

(號と柑奈、並んでお辞儀をして、こちらを見つめている。)

堂棺:ふふっ…じゃあね。君たちの前途が祝福に満ちていることを願うよ。

(堂棺、手を振ってその場を去る)


堂棺(M):翌週、菊嶋號の命日、號と柑奈の墓のある墓地にて


堂棺:高野君!息災だったかい?すまないね、今日が報告にはちょうどいいと思ったから。號君と柑奈さんは、無事2人で旅立っていったよ。そうだ、號君から君に伝言。『長い間すまなかった、ありがとう』だってさ。
2人のご家族にもいずれ説明しようと思う。君と同じように、噂が2人のことだとは薄々感づいてるだろうから。…行動を起こせるかは、また別さ。起きていたことが起きていたことだしね。
…ん?…あぁ、そうか。柑奈さんが號君に何か伝えようとしていたこと、君は知ってたんだったね。具体的にどんな言葉を伝えようとしていたかは僕もわからない。聞いてないし、聞こうとしてもわからなかっただろうさ。あれを伝えたかったのは號君だけだもの。彼に伝わればそれでいい。
辛かったね。大切な友人が死んだ後も悲しみと苦しみに囚われたままずっとあそこにいることを知ってなお、自分ではどうすることもできなかったわけだから。でも君が動いてくれたおかげで彼らは解放された。自分のしたことを誇るといい。
さ、報告はこれでおしまい。今日は時間をとってくれてありがとう。
もしも不思議な、異様な、異常な、妖しい、おかしい、恐ろしいことが起きたら、俺にいつでも相談してよ。『棺桶』はいつでも開いてるからね。
ま、そんな現象がこの世からなくなって、『棺桶』の蓋が閉じられるのが、一番いいことなんだけどね。」



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