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たまゆらとあの日の本

残っているものが、確かにある。


網代さんが男の方
たまゆらとあの日の本・別|わか (note.com)


【登場人物】

高梨真美子 (女):たかなしまみこ。30代前半。衝突の多かった父がついこの間亡くなった。

高梨孝蔵 (男):たかなしこうぞう。60代前半。真美子の父。病気で亡くなった。
(ひたすら喋るところがあります)

網代綴 (女):あじろつづり。20代〜30代くらいに見える。図書館の館長兼受付。ゆったりとした雰囲気で優しそうな人。
年齢は演じる方によって変更して構いません。


利用規約|わか (note.com)


高梨真美子:
高梨孝蔵:
網代綴


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(真美子がテーブルに向かって座っていると、スマホに通話がかかってくる。)

真美子:もしもし、お母さん?うん。…ううん。お母さんこそありがとうね、お葬式の準備も、お墓のことも、全部やってもらっちゃって。…それでもさ。…えっ、そうだったんだ。お父さんらしいね。…うん。ありがとう。四十九日の時は私も手伝うから。お母さんもゆっくりしてね。それじゃあ。

(通話を切り、軽いため息をつく)

真美子(M):父が亡くなった。まだ60代だったというのに、病気であっけなく逝ってしまった。

真美子(M):高梨孝蔵という男は、娘の私から見ても、不器用で頑固な人だった。そんな父と衝突してしまうことが多かった私は、高校卒業と同時に、家を出ようとした。案の定、父は反対。正直、当時の私の貯金だけでは一人暮らしを始めるには足りなかったから、親の力を借りられなければ、諦めるしかなかった。

孝蔵:お前、本当に1人で生活できるのか?今まで家事だってまったくしてこなかったのに。全部自分でやるんだぞ?わかってないだろう?

真美子(M):と、眉間に皺を寄せて私に言ってきたのを、今でも覚えている。その後、お金を貯めた私は家を出たが、その日も

孝蔵:今日か。…行ってきなさい。

真美子(M):この一言だけ。他に何か言うことはないのか…なんて思ってたな。そうそう。帰省した時なんて、

孝蔵:帰ってきたか。変わりなさそうだな。

真美子(M):これだけ。仕方ない事だけど、本当に、無愛想で、堅苦しい人だった。 父のいる実家は息苦しくて、帰ったのはそれが最初で最後。

真美子:はぁ……まだ休みだけど、何しようかな。したいことも、しなきゃいけないこともないし、寝てようかな。

孝蔵:休みだからってずっと寝て過ごしてるのか?だらしない。

真美子:……なんてことも言ってましたね…自分はどうだったんだっての…
はーだめだ!気分転換に散歩でもしよう。

(外に出て、なんとなく歩いている真美子)

真美子:天気良いなあ。ずっとこんな気候ならいいのに。

真美子:…この辺、こんなカフェあったんだ。あんまりぶらぶら散歩することって無いから、案外楽しいな。

ん?

(真美子、ある道の前に立ち止まる)

真美子:なんだろう、この道。

真美子(M):突然現れたようで、でも、なんだかずっとそこにあって、時を刻んで来たような。不思議な道。
自然と足が向いて、私はゆっくりとその道を進んでいった。

真美子:……わぁ…! 何、ここ…?

真美子(M):視界の先に、物語の中に出てくるような館が佇んでいる。敷かれた石畳にはところどころ苔が生えて、キラキラとしていた太陽光が、ここでは柔らかなベールを通したように、やさしく空間を包んでいた。


真美子:現実…?  すごい、あそこの壁は洋風みたいなのに、入り口の上は日本のお屋敷みたい。 ん、たまゆら?ここの名前…?
入っていいのかな? (扉を押しながら)すみませーん…。

(網代がカウンターで本を読んでいる)

真美子:綺麗な人…

網代:…あら?

真美子:あっ…!

網代:あらあら、ふふ!ここにお客さんなんて珍しい!

真美子:あ、あの、ごめんなさい勝手に!

網代:大丈夫。気にしないで。本しかないところだけれど、ゆっくりしていってね。

真美子:本?   うわぁ…!

(高い天井。広い部屋の壁や置いてある棚に、びっしりと本が収まっている)

網代:ふふ、凄いでしょう?この「図書館」にある本はどれでも読んでもらっていいから、良かったらどうぞ。

真美子:凄い…外からはこんなに広いなんてわからなかった…

網代:ここは部屋の広さなんてどうとでもできるの。

真美子:は、はあ…

網代:あぁ、そうだわ。

真美子:?

網代:自己紹介がまだだったわね。私は網代。
この「図書館」の館長兼受付、とでも言えばいいかしら。よろしくね。

真美子:あ、私高梨です!よろしくお願いします。

網代:高梨…下の名前は?

真美子:真美子です。

網代:そう…素敵な名前ね。

真美子:ありがとうございます。なんか、古臭い名前だなって思っちゃうんですよね、自分では。

網代:そんなことないわ。 そういえば、真美子さんはどうやってここへ?

真美子:あ…えっと…

網代:どうしたの?

真美子:自分でもわからないんです。散歩の途中に道を見つけて、その道を歩いていたらいつの間にか…

網代:そう……ふふっ

真美子:え?

網代:ううん。大丈夫。理由もなく「道」が現れたとは思えないから。きっと意味があるのよ。

真美子:意味…?というか、ここってやっぱり、普通の場所じゃないんですか?

網代:えぇ。でも安心して?物語に出てくるような化け物が現れたりはしないし、私だって、魔女でもなんでもないから。

真美子:はい…

網代:さぁ、ここで立ち話もなんだわ。中を案内してあげる。

真美子:あ、ありがとうございます。

(間)

網代:この辺りは日本の作家さんの棚ね。今は亡くなってしまっている作家さんから、近年活躍している作家さんまで、幅広く揃ってるわ。

真美子:全然聞いたことない作品も沢山ある…

網代:そうね。全員が全員、名前が知れ渡っているかというと、そういうわけではないから。けれど、有名かどうかと、作品の素晴らしさは比例しないと思うの。例えば、作家でもなんでもない、普通の学生の書いた作文の中にだって、心打たれる物があるんじゃないかと私は思う。

真美子:あぁ…確かに。文章作るのが上手いなあって同級生とか、いました。

網代:でしょう?もっと言うなら、文章が拙くても、書いた人の想いが伝わってくるのなら、それは素晴らしい作品の一つだわ。本にはならなくても、ね。

真美子:そうかもしれませんね。

網代:ふふふっ。さ、ここが外国の作品の棚ね。翻訳された物も、その原本もあるわ。
翻訳する人間によって、微妙にニュアンスが変わることや、すっかり印象が変わってしまう物があって、それはそれで楽しいの。自分だったらどんなふうに訳すかな…なんて考えたりするわ。ふふっ。難しくって、うまくいかないんだけどね。

真美子:へえぇ…私、あんまり本読まないから、なんか、すごいです…

網代:そうなの?

真美子:はい。昔は少し読んだりしたんですけど、今はすっかり…

網代:残念。こんなに素敵な物なのに。

真美子:うぅ、読む暇がなくてつい…。網代さんはどのくらい読みますか?

網代:うーん…一日中読んでいるから分からない。

真美子:そんなに!?

網代:ええ。本って色んな知識を蓄えることができて飽きないもの。すぐ文字に夢中になっちゃう。

真美子:文字に?

網代:そう。文字から伝わってくる物って沢山あるの。知識だけじゃなく、想い、情景、温度、明るさ、表情、仕草。全部文字から感じられるの。こんなに不思議で、心惹かれる物は無い。本を読んでいる時の静謐な空間とは裏腹に、心の中は目まぐるしく色を変えていって、それがまた心地良い。活字離れなんてよく聞くけれど、本当に勿体無いことだわ。

真美子:うっ…すみません…

網代:あはは!気にしなくていいの!読めと言われて読む物じゃ無いもの。でも、もし気が向いたら、是非読んでみてね。

真美子:はい!

網代:さぁ、案内はこのくらいにしましょう。本しかないと言ったけれど、お茶くらいなら出せるから。

真美子:え、そんな!お構いなく!

網代:いいの。久しぶりのお客様だし、そのくらいはさせて。それに、まだお話しし足りないから。

真美子:はぁ…じゃあお言葉に甘えて、いただきます!

網代:よかった!さ、こっちよ。

(間)

網代:どうぞ。

真美子:ありがとうございます。

網代:良い香りでしょ?

真美子:はい、とっても。

網代:よかった、お気に入りなの。
ねえ、よかったら、貴方のことを聞かせてくれない?

真美子:私の?

網代:そう。

真美子:いいですけど、何を話せば?

網代:最近あったこと。

真美子:それは…どうして?

網代:理由もなく道は現れないとさっき言ったでしょう?真美子さんがここに来たのには何かしらの訳があると思うの。貴方にとって、いつもと違うことが起きたんじゃないかと思って。

真美子:……

網代:…ここは危険な場所じゃないし、元の場所に帰れることも保証するわ。もし話しにくければ、無理に話さなくてもいいの。

真美子:…

網代:ただ、何故ここに来たのか分かったほうが、スッキリすると思って。

真美子:……つい先日、父が亡くなりました。

網代:…

真美子:私……父とは、ずっと仲が良くなかったんです。物言いがきつくて、態度も冷たくて、どうしても好きになれませんでした。

(間  過去回想へ)

孝蔵:真美子。

真美子:…

孝蔵:話がある。座りなさい。

真美子:今じゃなきゃダメなのそれ?

孝蔵:いいから座りなさい。

真美子:はぁ……何?

孝蔵:お前、最近何してるんだ?

真美子:何って?

孝蔵:母さんから聞いたぞ、部活辞めてたんだな。お前、なんで毎日こんなに遅い時間に帰ってくるんだ?

真美子:お父さんに関係ないでしょ。

孝蔵:…

真美子:…

孝蔵:…どこで遊び歩いてるんだ?

真美子:は?違うし。なんでそうなんの?

孝蔵:…遊んでないならなんなんだ?

真美子:……バイトしてんの。

孝蔵:バイト?

真美子:そう。

孝蔵:どうして?

真美子:は?

孝蔵:部活を辞めてまでバイトをする必要があるのか?お小遣いもやってるのに。

真美子:別にいいでしょ。

孝蔵:一言相談があってもよかったんじゃないのか?

真美子:は?なんで?

孝蔵:…なんだその態度は?

真美子:……

孝蔵:(深いため息)……もういい。

真美子:(ため息)

真美子(M):めんどくさい、うっとおしい、関わりたくない。いつも父にそう思っていました。高校生になってからは特に。そして。


孝蔵
:真美子。お前、室間大学って知ってるか?

真美子:は……なんで?

孝蔵:お前今、やりたいことは?

真美子:いや…無いけど。なんなの?

孝蔵:だったら、ここの教育学部に進学したらどうだ?

真美子:……は?

孝蔵:お前の今の成績でもここなら狙えるだろう。それか(こっちの大学で)

真美子:(被せて)いや待ってよ!意味わかんないんだけど。なんで人の進路勝手に決めようとしてんの?

孝蔵:…だったら、行きたい学校でもあるのか?

真美子:今はないけど!だからってなんでお父さんに進学先を決められなくちゃいけないの!?

孝蔵:やりたいことがないのなら実家から通える学校に行きなさい。

真美子:……なんで?

孝蔵:そのほうがいいからだよ。一人暮らしなんてお金がかかるし、バイト先だってまた探さなくちゃいけないだろう。

真美子:余計なお世話。

孝蔵:……何?

真美子:余計なお世話って言ったの!ほんとうざい!自分の進路ぐらい自分で決めるよ!なんで父さんの言いなりになんなきゃいけないの!?

孝蔵:なんだその口の利き方は?大体、自分の目標もちゃんと言えないのに何が勝手に決めるなだ!ふざけるな!

真美子:いつもそうだよ!ああしろこうしろってごちゃごちゃごちゃごちゃ!!少しでも違うことしようとしたら頭から否定してくるじゃん!!全部自分の言いなりになってないと気が済まないんでしょ!?人のことなんだと思ってんの!?

孝蔵:そんなに俺に口出しされるのが嫌なら自分の未来のことくらい自分でちゃんと考えろ!!それが出来ないなら口答えするな!!

真美子:…………っ! (部屋を飛び出す)

孝蔵:(頭を抱えてため息)

(間  回想終了 応接間に網代と2人)

真美子:これが、父を本格的に嫌うようになった決定的な出来事です。高校受験の時もこんな感じだったんです。一方的に自分のことを決められて、頭に来て。それまでより余計に口を利かなくなりました。

網代:そう…だったの。

真美子:今思うと、子供だったなあって思います。結局、むきになって、父が薦めてきた大学とは違う大学に進学して、お金を貯めて、就職と同時に家を出ました。

網代:その時、お父さんは?

真美子:何も。反対もされませんでしたけど。

網代:そう…。

真美子:あれからずっと、どうしても父と話す気にはなれなくて。結局、わだかまりを残したまま、二度と会うこともできなくなっちゃいました。

網代:…

真美子:父は、私のことどう思ってるんだろうってずーっと思ってましたけど。まぁ…あんまり良くは思ってなかったんだろうなって気がします。父の病気が分かってからも連絡すらしない、薄情な娘でしたから。

網代:………真美子さん。

真美子:?

網代:ちょっとついてきてくれる?

真美子:え...…はい。けど、どこに?

網代:むこうで説明するわ。来てほしい場所があるの。

真美子:はい...。

(間)
(先ほど本棚が置いてあった場所と比べて、更に桁違いに広い部屋に着く)

網代:ここよ

真美子:(息を呑む)      ここは…?

網代:ここは想記書庫といって、全ての想記書が保管されている場所なの。

真美子:想記書?

網代:文字通り、死者の想いや記憶が文字となって、それが書物にまとめられたもののことよ。

真美子:死者のって、ことは…

網代:ええ。貴方のお父さんの想記書もあるはず。

真美子:…!

網代:本来簡単に人に見せていいものでは無いのだけれど、今回は別。貴方には、お父さんの想記書を読む権利があると判断して、ここの管理人である私が許可します。

真美子:お父さんの記憶を…

網代:どうする?読むか読まないかは貴方次第。

真美子:……これが、私がここに来た理由なんでしょうか。

網代:ええ。貴方は呼び寄せられた。きっとね。

(間)

真美子:…………読みます。

網代:わかりました。ただ、1つだけ。

真美子:はい。

網代:想記書そのものが拒否の意志を示している場合、私が許可したとしても、貴方がその本を読むことはできません。想記書の著者である人間の意志を、無視することはできないから。

真美子:…はい。

網代:それじゃあ、こちらへ。

(2人とも無言で部屋を進んでいき、1つの棚の前へ。)

網代:ここに。

真美子:高梨…孝蔵…

網代:本に触れることができれば、拒否されていないということ。どう?

真美子:(深呼吸)…………ぁ。

網代:ふふっ。やっぱりそうよね。私は席を外すから。椅子もテーブルも好きに使ってちょうだい。

真美子:ありがとうございます。

網代:それじゃあね。時間は気にしなくていいから。

真美子:はい。

(網代、去っていく)

真美子:さてと…。


網代(M):ゆっくり、ゆっくり、娘の手が、父の軌跡を巡っていく。そこには

(間)

孝蔵:2年 5月11日 今朝、娘が生まれた。昨日の夜に陣痛が来てからドタバタしていたけど、ようやく落ち着けた。妻は本当によく頑張ってくれた。無事に産まれてきてくれてよかった。

孝蔵:2年 5月12日 娘の名前は「真美子」に決まった。この子には上辺だけでなく、真の意味で美しい人になって欲しい。そうすればきっと周りにも素晴らしい人間が集まるはずだ。真美子が大きくなってから自分の名前を気に入ってくれるといいが…古臭いと思われないか少し不安だ。

孝蔵:3年 7月4日 真美子が俺と朝美のことをパパ、ママと呼んだ。ついこの間立って歩いたことに驚いたばかりな気がする。子供ってこんなに早く成長するものなのか。今の時間を大切にしなければいけないと心底思う。俺の中で今日を勝手にパパママ記念日にする。ママパパにしないと朝美が怒るかもしれない…。朝美には絶対に内緒にしておこう。

真美子:…ふふっ。


網代(M)
:そこには


孝蔵:12年 10月24日 真美子のバレーの試合を初めて見に行った。あんなに速いボールを腕で受け止めるなんて俺には無理だ。娘はすごいことをしている。友達とも仲が良さそうで安心した。怪我に気をつけてこれからも頑張れ。

孝蔵:15年 6月6日 考えたことをそのまま言ってしまうのは自分の悪い癖だ。言い過ぎた。あんな風に言うつもりはなかった。あの子の状況も考えてあげるべきだった。

孝蔵:16年 8月1日 娘に彼氏ができた。父親としてはショックだが、娘が成長しているということでもある。もうそんな歳になったんだな。嬉しくもあり、寂しくもある。
今日は久しぶりに酒がすすむ。明日は二日酔いかもしれない。

真美子:…何やってんだか。

孝蔵:17年 10月15日 高校がどこだろうと、そんなことはどうだっていい。本気で行きたい場所を目指すことが大切だ。それを伝えれば良いだけなのに。「大事なところで妥協した人間はその後の人生もずっと妥協する癖がつく。それでいいんだな?」
どうしてこんな言い方しかできないんだ。成績は伸びてきているし、このまま頑張れば大丈夫だと言ってやればよかった。
もう俺が嫌いでもいい、反骨精神でもなんでもいい、諦めずに頑張れ。

網代(M):言われたことのない言葉。

孝蔵:19年 5月19日  あんなに頑張っていたのに、どうして部活を辞めたんだろう。部活は学生の特権だ。ここで得られる経験も仲間も、絶対に真美子にとってかけがえのないものになると思っていた。
理由を聞いてもはっきりとしない。何かあったんだろうか。朝美に何か言っているかもしれない。相談してみよう。

孝蔵:20年 3月29日  室間大学を進めたのは娘の将来を考えてのことだったが、またきつい言い方をしてしまった。高校の時も進学先で揉めたことを思い出す。なぜ繰り返してしまうんだ、俺は。

孝蔵:24年3月20日  真美子が家を出る。大学も、就職先も、しっかり自分で決めたのだ。きっと大丈夫だろう。安心して見送れる。
辛いことがあったらいつでも帰ってくるんだぞ。

網代(M):不器用な父親が、伝えていなくとも、内に秘めていたこと。

孝蔵:27年 8月 久しぶりに娘が帰ってきた。元気そうで安心した。顔が見られただけでも満足だ。今日は酒がうまい。

真美子:……

孝蔵:病院で、胃ガンだと言われた。もう手術をしても完治は難しいそうだ。 忙しくてここ2年間検診を受けていなかったことが悔やまれる。

孝蔵:じわじわと実感が湧いてくる。漠然と、もっと生きていられると思っていた。自分の命が長くないと、嫌でも分からされる。

(真美子、涙を堪える。堪えきれなくても可。)

孝蔵:死ぬのが怖い。
それでも、延命はしない。弱っていく姿を長く見せたくない。
俺は高梨家の主であり、朝美の夫なのだから。真美子の父親なのだから。最後まで堂々としていよう。心配はさせない。

大丈夫。高梨家の大黒柱は、簡単には折れないぞ。折れてたまるか。

網代(M):おそらく誰にも見せなかった本音と、精一杯の強がりと

孝蔵:もうそろそろ終わるみたいだ。
これが、俺の人生の最期。悔いはない。

ああでも、最後まで伝えられなかったなあ。
妻と娘が、朝美と真美子でよかった。
たった一言なのに、一度も伝えられなかった。
これだけが心残りだ。本当に。これだけだ。
2人にたくさんもらったのに、なんにも返してやれなかった。
せめて、2人のこれからの人生の幸せを祈ろう。
元気でな。俺の家族になってくれてありがとう。

網代(M):家族への愛情。

真美子:………馬鹿じゃないの…。
生きてる時にもっと話してよ…!こんなところで本に書かれてたってわかんないよ!!何考えてるのか!何伝えたいのか!私何にもわかんなかったよ!

何にも…分かってなかったんだ…
ちゃんと直接、謝って、話して、仲直りしたかったよぉ…
ホントに…馬鹿ぁ………
(真美子、すすり泣く)

(長い間)

網代:真美子さん?

真美子:…網代さん。

網代:読み終わったの?

真美子:はい。

網代:そう。

真美子:父は

網代:?

真美子:私が思ってたよりずっと優しくて、家族想いの人でした。

網代:…そう。

真美子:もう親孝行とかはしてあげられないけど。元気に過ごして、ちゃんと幸せになって、お墓参りで報告しようと思います。

網代:お父さん、きっと喜ぶわ。

真美子:はい!ありがとうございました。これを読ませてくれて。

網代:(軽く微笑み)  どういたしまして。

(間 外。図書館の入り口の目の前にて)

網代:来た道をそのまままっすぐ歩けば、帰れるわ。

真美子:はい!ありがとうございます!

網代:もしまたここに来ることがあったら、オススメの本を紹介させてちょうだい。本好きの友達を増やしたいから。

真美子:あはは!はい!是非!

網代:本当に、お願いね?せっかく1から集めた本達なんだもの。誰かと語り合いたいわ。

真美子:……1から?

網代:そうよ。元は想記書の保管場所としてしか使われていなかったんだけど、勿体無いでしょう?

真美子:じゃあ、最初に見せてもらった本って、全部網代さんが揃えたんですか!?

網代:そう。

真美子:どうやって!?

網代:ん〜、時間はいくらでもあったから。

真美子:は、はぁ…

網代:そうだ、これ。

真美子:はい?

網代:私が作った栞。良かったら使って。

真美子:わぁ…!ありがとうございます!

網代:それじゃ、元気でね。

真美子:はい!網代さんもお元気で!

(間)

真美子(M):図書館から帰ってから1ヶ月。何度も同じ場所を歩いてみたけど、「あの道」が現れることはなかった。もしかして、夢だったのかな…と思ったけど、机の上の栞が、あの日の出来事が夢ではない事の証だ。
お父さんの想いを、受け止められた証だ。

お父さん 私もお母さんも 元気でやってるよ

真美子:ふぅ……さてと。本でも読もうかな。


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