短評:「影の爪」貞永方久 監督、1972年

シネマヴェーラ 「影の爪」貞永方久 監督、1972年。悪女である岩下志麻が交通事故の被害者遺族になったことをきっかけに、徐々に若夫婦の家を乗っ取りにかかる。そして夫もそれを徐々に受け入れてしまう。そのことによって、妻の正気が壊されてゆくという話である。

原作は未読であるが、シャーロット・アームストロングの「悪の仮面」。日本では数回ドラマ化・映画化されており、自分が観たものでは神代辰巳によるTVサスペンス「悪女の仮面 扉の陰に誰かが」(1980)がある。しかし本作は原作・神代作品のいずれとも異なるアダプテーションになっている。(ちなみにアームストロングはマリリン・モンローがサイコ女性を演じる映画「ノックは無用」の原作者でもあった。)

自分は観ながら山岸凉子の短編「貴船の道」(1993)を強く思い出してしまった。これは、ある女性がかつての不倫相手の男性の後添えになったことをきっかけに、先妻の幽霊を見るようになり、同時に彼女の心理を追体験してゆくというサスペンスで、男女それぞれの「業」がテーマになっている。

「影の爪」でも夫の不実が、妻の正気を失わせるきっかけになる。しかし夫の不倫を直接批判するような視点はほぼなく、「男とはそういうものだ」という類型で話が展開する。一見幸せそうな夫婦のようにみえて、実はその基盤が弱いものだった、と解釈されるだろう。しかしそういった人間関係の空虚さは中心的なテーマになっていない。

90年代の山岸作品との間には20年の時間差があるので、これは倫理観の推移を反映した時代的なちがいなのかもしれないが、どうだろうか。