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「乗るたびに減る」/山階基『風にあたる』

乗るたびに減る残額のひとときの光の文字を追ひ越して行く
/山階基『風にあたる』

 SuicaやPASMOで自動改札を通るとき、小さな窓にチャージの残額が一瞬現れる。その表示はほんの一瞬で、人によっては改札を過ぎれば忘れてしまうくらいの些細な出来事かもしれない。

 いわゆるSuica、前払式支払手段を使うとき、私たちは「運賃を事前に支払っている」という理屈で改札を通っている。そして改札を出るたびに金額が引かれてゆき、マイナスになると精算しなければ改札から出られなくなる。

 都市に暮らす人々の多くは、常に幾許かの金をSuicaに入れて生活しているのではないだろうか。Suicaは財布と違って、中身が減ったり軽くなったりしないので、物理的に金額をたしかめることができない。何かの都合で使用履歴を出力してみると、自分の移動距離と交通費の通算に改めて驚いたりする。

 社会とシステムの中で私たちは、お金に限らずいろんなものをやり取りしながら暮らしていて、ふとした瞬間にそれを意識しながらも、ちゃんと電車に乗り、降りたらどこかに辿り着くことができる。そういった日常を歌に読むことでわたしたちの暮らしは豊かに、なる、ことはおそらくないけれど、日常を丁寧に言い当てて、少しづつ肯定してみせることがわたしたちにはどうしても必要なのだと思う。

 ちなみにSuicaは、定期券だと有効期限も表示されるので、残額とはまた別種のストレスがある。

書き換えるたび薄くなる券面の日付は先へ、先へのばして/吉田恭大

ネットプリント ぺんぎんぱんつの紙
山階基トリビュート(2016年10月11日発行)
掲載分を一部改訂

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