金縛り


目が覚めると金縛りにあっていた。頭から爪先まで1mmも動かせなかった。ぬるく湿ったような室内の空気、腹が少しはだけたTシャツの裾が肌に触れる触感、汗で張りついた前髪、これらを知覚することはできても、やはり四肢はおろか指先を曲げることさえかなわない。身体は鉛、いやそれよりも重く感じられ、最早身体はここに無く脳のみが動いているようだった。普段の金縛りと違うのは首すら全く動かせないことであった。ちらりと目線だけ右手の先を見てみると確かにそこにあった。どうやら肉体は存在しているらしい。

急に胸がぐぐぐと締め付けられ息ができなくなった。漠然とした巨大な不安に押しつぶされ、ああ、もう駄目かもしれないとぼんやり思っていると、視界が急に真っ暗になった。



目が覚めると自室のベッドの上であった。なんだ、今のは夢だったのかと思い、上体を起こそうとするとびくともしない。また金縛りにあっていた。ピンと伸びきり曲げられない指、もう呼吸していないのではないかと思うほどの息苦しさなどは先程と同じ感覚であった。しかし先ほどと違い今度は視界全体に薄ピンク色のフィルターがかかり、あたかも「これは夢だ」と訴えているようである。そこまで強く訴えられていながら私は何故か、これは現実なんじゃないか、早く体を起こさなくてはと焦っていた。




気がつくとフィルターは取れて視界は鮮明になった。なんと、今のも夢だったのか。手足は自由に動かせ、立ち上がることができた。知覚にも何も異常は見られなかった。しかしこう2度も続けて夢を見ると今この世界も夢なのではないかと思われる。3度目の正直と思いたいところだが、妙に心配症な私はどうしても2度あることは3度あると考えてしまう。そもそも先程までの2度の経験が夢であったかも分からない。夢であったというには感覚が思い出せるほどに記憶が確かである。正しく夢か現かといった状態である。
あるいはまた眠ってしまうとあの悪夢のような金縛り(もしくはまったく解けない金縛りの悪夢)にあってしまうのかという不安も浮かんできた。一旦このような考えに至ってしまうともう眠るわけにいかない。それほどまでにこの2度の経験は私の心に深いトラウマを植え付けてしまったのである。今この世界が現実だとするならまた恐怖の金縛りを追体験することになるだろうし、この世界が夢ならば、夢の中で見る夢、つまりは先だっての2度の経験と同じことを繰り返すことになる。もうあのような得体の知れない不安や焦燥感に追われる経験はしたくない。





今は何年何月何日何曜日何時何分なのだろう。私が金縛りという恐怖に怯えて睡眠をとらなくなってからどれほどの時間が経ったのか。(もしかすると気絶という名の休息はとっているかも知れないが)
まあ何にせよ、あのような金縛りの経験はしていないため今日も健全な日常が送れている。

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