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第一章 四 熊野の里


寺の横に設置されている、長い棒の先に取り付けられた拡)声器(から、「本日は予定通り公民館で盆踊りが開催されます。みなさん参加してください」と学校の校内放送のように、声が流れた。
この拡声器からは、朝七時になると『めだかの学校』のメロディー、それからお昼の十二時になると『どんぐりころころ』と、夕方五時は『赤とんぼ』のメロディーが流される。
拡声器ひとつで山に反射して、こだまのように響きわたる。
この風流なメロディーで里の人たちはどこにいても時間が分るから、便利だなと思う。
少し早い夕食だが、僕たちは祖(そ)父(ふ)母(ぼ)が買ってきたお寿司を食べた。
大きなお皿に盛った、にぎりすし、巻きずし、いなりずし、バッテラはまたたくまになくなってしまった。
「スイカ冷やしているから盆踊りが終わったら食べような」と祖母が言った。
「どこどこ?」僕はスイカが見たくて聞いた。
「裏の桶」と言うので、台所の窓を開けて、桶の中を見ると大きなスイカが冷やしてあった。
その桶は木で作られて、僕が物(もの)心(ごころ)ついた頃からそこあった。
底のほうには青い苔(こけ)がこびりつき、随(ずい)分(ぶん)昔からそこにあったのだと思う。
ちょうど、台所の窓を開けたあたりの石垣に竹(たけ)筒(づつ)をさしこんでおり、竹の先から天然の水がチョロチョロと出ていた。
その下に桶を置き水をためて、スイカを冷やしていた。
竹の先から出る水で手を洗ったり、コップに入れて飲んだりもする、水は冷たくてすごくおいしい。
冷蔵庫に入らない大きなスイカも桶に入れて丸ごと冷やすことが出来る。
「スイカ!スイカ!」僕はうれしくて、心の中で何度も言った。

「ただいまより公民館で盆踊りを開催します。皆さん参加してください」と再び放送された。
盆踊りを一番楽しみにしているのは、たぶん母だ。
放送を聞くとソワソワ慌(あわ)てだし、
「ほらはじまるよ。託未、佳津奈、懐中電灯持って、真一も行くよ」と慌てることもないのに急いで外に出た。
外はすっかり暗くなっていた、僕たちは懐中電灯を照らしながら公民館に向かった。
祖母の姿が見当たらなかったが、先に行ったのかなと思った。
途中、提灯が一杯(いっぱい)吊るしてあった家の脇(わき)に止まり、「ちょっとここに寄るから」と母は言いその家の方に歩いて行った。
僕たちもあとについて行った。
「今晩(こんばん)」母は挨拶(あいさつ)をして開いていた縁側から、中を覗(のぞ)き込んだ。
僕たちも母と一緒に中を覗(のぞ)き込んだ。
部屋の中にも幾(いく)つかの提灯が並べられ、向こう側(がわ)の壁際(かべぎわ)の中央に祭壇(さいだん)がつくられていた。
その上に果物やお菓子が並べられて、真ん中に長い髪をしたきれいなお婆さんの写真が飾ってあった。
祭壇の横に祖母と、小柄で白髪(はくはつ)の髪の短い上品そうなお婆さんが座っていた。
迎え側には母と同じくらいの年で、スタイルのいいきれいな女の人が座っていた。
よく見ると祭壇の写真のお婆さんに似ていた、
その人は、僕たちを見ると、「お茶でも入れるから上がって」と言って立ち上がったが、
母は、「すぐに盆踊りに行くからいいよ、お母さん先に行くからね」と祖母を見ながら言い、次に女の人の方を見て、「千(ち)香(か)ちゃんは?」と聞いた。
「千香はもう、公民館に行ったよ」と聞き、
「じゃ、行くわ」
「私らも後から行くよ」と言う祖母の声を背中で聞いて、僕たちはもと来た道に戻り公民館に向かった。
何の用事であの家に寄ったのだろう?
ただ単に祖母に先に行くと、伝えるために寄ったのかな?
そんなことを考えながら、お寺の階段を降りていた時、
「あの写真の人は誰?」と姉が母に聞いた。
「文子さんっていって、お婆ちゃんの知り合いで、ちいさい時によく遊んでもらった人だって、今年の春に八十八歳で亡くなったそうやで、横にいた人は文子さんの妹の正代さん、お婆ちゃんの同級生なんやて、もうひとりの女の人は正代さんの娘さん」と話した。
そういえば車の中でもそんな話をしていたな、八十八歳か……十歳の僕には途方もなく長い年月(ねんげつ)のような気がした。
公民館(こうみんかん)は川に行く坂道の途中にあり、新しい平屋の建物で、盆踊りはその前の広場で行われる。
公民館に着くと、縁側にお爺さんがふたりに並んで座り、ひとりの爺さんの叩く太鼓の音に合わせて、もうひとりのお爺さんが唄(うた)っていた。
広場では、日の丸の扇子(せんす)を両手にもった里の人たちが数人、輪になって踊っていた。
母は輪の中に、さっき話していた千香と言う人を見つけたようで、早速(さっそく)その人の横に入り踊りだした。
姉も母の後ろについて踊りだし、踊りの輪も人数が増えてだんだん大きくなっていった。
僕は、盆踊りが苦手で見ているだけだったが、弟に一緒に行こうとせがまれて、仕方なく姉の後ろについて踊った。
昼間、川で会った子どもたちも踊っていた。
「松島の~さよ~瑞巌寺(ずいがんじ)~~あれはよ~~えとそうりゃ 大(たい)漁(りょう)だよ~……南(な)無(む)阿(あ)弥(み)陀(だ)仏(ぶつ)、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と~~手を合わせ~~」と、お爺さんの唄う歌は一本調子で、何を唄っても同じに聞こえる。
その歌に合わせてみんなは、日の丸の扇子をヒラヒラさせて踊っている。
僕は踊るというより扇子を振り回していた。弟も同じように扇子を振り回していた。
祖母は、さっき一緒にいた同級の正代さんと、祖父も一緒来て、久しぶりにあう里の親戚や知人と盆踊りもそっちのけで話し込んでいた。
踊りが終わると、ジュースといろいろなお菓子の入ったビニールの袋をお土産にもらい、
僕は嬉しくてどれから食べようかと、袋の上から物色(ぶっしょく)していた。
そんな表情を察したのか、
「お菓子は、明日食べなさい」と母に言われ仕方なくあきらめた。
祖母と母と姉の三人は、初盆の仏様を送るため、提灯を手に持って川に向かい歩いて行った。
盆に帰って来た仏(ほとけ)様(さま)が迷わずあの世に帰れるように、ロウソクを灯した底の部分だけを川に流し送り火をする。
あとの部分は川原(かわら)で燃やす、この送り火は初盆がある時だけ行(おこ)なわれる。
去年は僕もついて行ったが、スイカを早く食べたかったので、弟と祖父と一緒に帰った。
家に帰ると祖父が裏の桶からスイカを出して切ってくれた、僕と弟は「スイカ、スイカ」とはしゃぎ、ふたりで縁側に並んで座り、庭に種を飛ばしながらスイカを食べた。
そのあと、弟と祖父は一緒にお風呂に入り、僕はひとりで縁側で、母たちの帰りを待っていた。
空を見上げると満天の星が輝いていた。
その時、薄(うす)暗(ぐら)い庭から丸い物体が転がるように飛び出してくるのが見えた。
なんだ、僕は裸足(はだし)のまま縁側から飛び降り丸い物体に近づいた。
それはなんと、サッカーボールほどの大きさがあるヒキガエルだった。
昆虫に限らず爬虫類も大好だが、こんな大きなヒキガエルは初めて見た。
「おお……」と思わず叫んだとたん、ヒキガエルは大きな目を見開き、なにやらすごい形相で顔に飛びかかって来た。
次の瞬間、僕はゴーンと頭に衝撃を受け、後ろにひっくり返りそのまま気が遠くなっていった。

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