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山登りの思い出

子供の頃から学生時代を通じてあまり登山を経験したことがありませんでした。

大学では地質学を専攻しましたが、地質調査は沢登りが主体で、登山道を登るような登山を経験することはあほとんどありませんでした。だいたい沢を登って帰りに山道を降りてくるのが常でした。

幼稚園の頃両親に連れられて、長瀞の近くにある山 (おそらく宝登山) に登った記憶があります。しかもおそらく宝登山ロープウェイを使ったような気がします。調べてみると宝登山ロープウェイは1961年開業のようですから、ありえない話ではありません。ただなんとなく初夏の明るい日差しと新緑の木漏れ日の中、家族と一緒に山道を歩いた記憶が微かにあります。

小学5年生の時に高尾山に遠足で行った記憶があります。もしかすると地域の子供会かなにかの遠足で、幼稚園かそれより前にも高尾山に行ったかもしれません。最初の高尾山らしき記憶は、小さな地球儀の付いた鉛筆を買ってもらったことだけがやたら鮮明に心に残っています。そしてなんとなくケーブルカーに乗った記憶も。あまり歩いた記憶はないので、行も帰りもケーブルカーを使ったのかもしれません。

高尾登山鉄道のケーブルカーの営業開始は古くて、1927年 (昭和2年) に開業したそうです。戦時中一時休業していましたが、1949年に運航を再開しています。ケーブルカーの車両を横から見ると長方形ではなく斜面に合わせて平行四辺形になっていて、車内が階段状になっていたので驚いた記憶があります。

なんだか歩いて登山していませんね。

はっきり記憶に残っている初めての歩いての登山は、中学生の林間学校で行った山梨県の丹波山村大菩薩嶺かもしれません。2000m をわずかですが超える山で、先生からは「登るのは大変だぞ」と脅されていましたが、みんなで励ましあいながら楽しく登った記憶があります。

日本百名山にも数えられ、富士山の絶景も見られるとのことでしたが、あまり天気が良くなかったのか、絶景の記憶はありません。

子供から学生時代にかけての登山経験は本当に乏しいのですが、地質調査を経験して、ひとりでも山登りに行く自信ができたので、社会人になってから一人での登山を楽しむようになりました。

あらためて大菩薩嶺にも天気の良い日に行ってきました。その時の富士山、南アルプス等の眺望は息をのむようでした。アマチュア無線のハンディ機をもって山の上からの交信と、山の上での食事も最高でした。

もう足腰はかなり怪しくなってきましたが、またいつかぜひあんな景色を見てみたいと思います。

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