見出し画像

ヴェスヴィオ火山とポンペイ

UAEに赴任中、とくに洋上の掘削現場に行くことが多かった頃は、その分代休も貯まって、突発的に海外旅行に行くことが多くありました。

イタリア旅行もそんな突発的旅行の一つでした。

ローマ、フィレンツェ、ベネツィア、ミラノ、ナポリなどをまわったのですが、なかでもナポリから比較的近いヴェスヴィオ火山の麓にあるポンペイの遺跡はなかなか衝撃的でした。

ポンペイがヴェスヴィオ火山の噴火の火砕流で埋まった話は、子供頃科学雑誌か何かで読んだことがありました。もちろんもう少し大きくなってから世界史でも習いました。

子供の頃に読んだ雑誌には、時速100km/hにも達するような速さで流れ下ってきた火砕流が、一瞬でポンペイの街を飲み込んだ様子や、火山灰の中に動物や人間の形の空洞が残り、そこに石膏を流し込んで、遺体を復元したなどという話が掲載されていて、火山や火砕流の恐ろしさがあまりにも生々しく、子供の私には衝撃的過ぎるものでした。

イタリアに行く機会があったら、そんな遺跡をぜひ実際にこの目で見てみたいと思っていたので、実現できて良かったです。

街が火山灰に埋まった経緯は悲惨なものでしたが、本当に直前まで人々が生活していた痕跡が生々しく残されていて、当時の生活の様子を事細かに知るうえで、大変貴重な遺跡なのだと思います。噴火は西暦79年ということですから、私が訪ねた当時でも1900年以上も経っていたわけです。そのことが信じられないくらい、なんだか生活感のある空間でした。

晴れた空の下、ポンペイからはヴェスヴィオ火山が静かにたたずむ姿が良く見えました。とてもポンペイを壊滅させるような噴火が起こり、火砕流を発生させたとは思えないほど穏やかに見えました。

日本は世界有数の火山国です。雲仙普賢岳や御嶽山噴火の例があるように、私たちにとって火山噴火や火砕流の被害は人ごとではありません。火山に対する認識を忘れないようにしなければと思うと同時に、日々の監視、観測の大切さをあらためて感じます。

タイトルの写真は1997年のポンペイとヴェスヴィオ火山。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?