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プノンペンの1940〜60年代タウンハウス

プノンペンに初めて来た2015年、当時住んでいたホーチミンではもうかなり取り壊されていた、フレンチモダニズムの影響のあるタウンハウス(長屋形式の集合住宅)がまだそのまま残されていることに驚きました。ポルポト時代に街が壊滅的になってもそのまま建物は残り、人が戻ってきたことを考えると感慨深いです。

私は専門家ではなく、ただの街の散策好きなので、詳しいことは少しずつ調べようと思っていますが、そうこうしている間にも(ホーチミンのように)どんどん建物が壊されていくと思うので、今現在2022年6月時点で撮れる写真をアップして、今の時点で分かることを纏めてみようと思っています。

当時の街の中心だった、セントラルマーケットと7マカラ区にタウンハウスが集中

日本人を含む在住外国人が考える現在のプノンペンの街の中心は、コンドミニアムやショップが多いBoeung Keng Kang1(ボンケンコン1)あたりではないかと思います。しかしカンボジア人に聞くとそれより少し北の方で、セントラルマーケットを中心に街が広がっているとの認識のようです。

St.109と Charles de Gaulle通りの交差点(7マカラ区)アールが美しい。

地図を見ても、セントラルマーケットから放射線状に道路が広がっている7マカラはフランスが整備したのだなと感じます。

タウンハウスが多いのは、赤枠の中の៧មករា(7 makara,プランピーマカラ)と、
セントラルマーケット周辺です。
The district has an area of 2.21 km2 (0.85 sq mi). It has a population of 71,092. It is the smallest district by land area but is the most densely populated district in Phnom Penh.
7マカラ区の面積は2.21 平方km 、人口は71,092人。面積は最も小さいが、プノンペンで最も人口密度の高い地区である。
Wikipedia | Khan Prampir Makara(7マカラ区)
7マカラ区。独立した屋根が特徴的です。
このデザインは割とポピュラーで、ヴァン・モリヴァン氏設計の王立プノンペン大学校舎にもありました。通気口の横のスリットがいいです。
7マカラ区。2nd floor(日本の3階)は綺麗に塗装がされていて建具も替えているので、外国人向けに貸し出していると思われます。横スリットに加えて縦のスリットもあります。この縦のスリットは最近の建物でも流行っているようです。

他の地域は一軒家、タウンハウス、コンドミニアムが混在しているのに対して、7マカラ区は区内がほぼタウンハウスでできています。特におすすめが弧を描くst.109で、細い路地に4階建程度のタウンハウスが両脇に並びます。1階は店になっていて、食堂・バイク塗装、ミシンショップ、雑貨屋などを見てまわるのも楽しいです。

オルセイマーケットの2階からの眺め。オルセイマーケットはタウンハウスに囲まれた巨大市場です。

その他のエリアのタウンハウス

Monivong通り(こちらも7マカラ区ですが、大通りに面し、st.109などとは趣を異にしています)。こちらの通風口は正方形。エアコンの室外機があるので、シートなどで通風口を閉じてしまっているかもしれません。
写真左下の食堂は、ベトナム料理店のようです。向かいがベトナムスーパーのVina Martです。
国立博物館正門前のタウンハウス。スリットが縦と横にあり、お洒落なデザインです。手すりもかわいい。今は少なくなっていますが、元々外国人の多いエリアです。
こちらも国立博物館近くの建物です。
セントラルマーケットの少し南からモニボン通りを眺めています。このあたりはかなり住居が密集していて、5階建(+増築)が普通です。
セントラルマーケット周辺のチャイニーズショップハウス。手すりが特徴的。

下のリンクはFacebookページですが、このKhmer Architecturalというグループの投稿にプノンペンのフランス系の建物と年代がまとまっています。コロニアル建築も、モダン建築もあります。

1937年にセントラルマーケットが建設され、その後マーケットを中心に街が広がっていったようです。

今のところ知っている情報を書いています!また分かり次第、更新する予定です。個人的に興味のあるマニアックな内容でしたが、読んでくださり、ありがとうございました。


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