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【遺跡探訪9】バプーオン Baphuon(11世紀半ば/2011年再建)

先日、国立博物館を訪れた際に、展示品に「バプーオン様式(Baphuon style)」が多いことに気づきました。実際見てみた方が早いと思い、このバプーオンに行ってみることにしました。

バプーオン Baphuon  ប្រាសាទបាពួន
年代:11世紀半ば(1060年頃?)
国王:ウダヤーディチャヴァルマン2世
宗教:ヒンドゥー教
注意:おそらく涅槃像があるため、ドレスコードが厳格です。肩や足を見せる服装では入場を断られます

Focusing on the Angkor Temples

本日のマップ

google mapより

バイヨンを通り過ぎ、すぐ裏(バイヨンの北側)にバプーオンの入り口があります。
帰り道はバイヨンの南が午前中一方通行のため、東門か西門から出なくてはなりません
西側の道が生活道路なので、森を抜ける東側を選びましたが、今日は寒かったのと、橋が工事中で道が悪いため、西側でも良かった気もします。

6:30 am シェムリアップ出発

今朝は気温18度でした。とにかく寒い。ホーチミン・プノンペンのこの10年の生活で20度を切ることはほとんどなかったので、体が慣れていません。シェムリアップはプノンペンに比べて特に12月の最低気温が低いように思います。

ロイヤルレジデンス。王族の方がシェムリアップで滞在する場所なのかしら?
ちょうど日の出と重なりいい雰囲気でした。

リネンの7部袖シャツ、UVカットパーカーの上にウルトラライトダウンを重ねました。ユニクロさまさまです。

寒くてアンコールワットの外濠が靄に包まれていました

いつも綺麗です。
南から西門の方を眺めます。アンコールワット全体が靄に包まれていて幻想的です
西から。朝日が綺麗です。
アンコールトムの南大門も映えます。今朝の光はとてもいい!

解体した遺跡を組み立てる、世界最大の「3Dパズル」

1900年頃はさらに石が散らばった状態だったそうだ

1943年にはピラミッドの北西部分はほぼ崩壊し、修繕が必要でした。1960年代にEFEO(フランス国立極東学院)は調査を始めましたが、1970年代にクメールルージュ軍によりアンコール遺跡群が占拠され中止。その間に残念ながらEFEOの調査資料(どの石がどの場所に配置されているかなど)が全て失われてしまいました
1995年に調査が再開し、正確なそれぞれの石の配置が判明するまで、7年かかりました。

Focusing on the Angkor Temples(ざっくり翻訳)

その後修繕を開始し、一般公開されたのはなんと2011年とのことです。

長い空中参道。考古学者によると、本堂より後に設置されたのではないかとのこと

7:20に着いたので係員とおしゃべり

例にもれずここも7:30開場でした。ちょうど係員のおばちゃんと同時に到着して、「シェムリアップ住んでるの?」「いつから住んでるの?」などと聞かれました。「日本でしょ?」「この服(ウルトラライトダウン)いいね、どこで買ったの?え、日本?そうだよねぇ」など…笑

そのうち遺跡と自撮りし始めたので、セルフィーだねと笑っていたら「このセルフィー、働いている証拠に送らなくちゃいけないんだよ」とのこと。確かにそうだ!私も一緒に遺跡とセルフィー取りました。

第1回廊から
今日は空が綺麗
第一回廊から空中参道方面

デヴァダーもレリーフも美しいです

デヴァダー不足だったので、補給しました。

先日のワットアトヴィアでは(建物そのものは良かったですが)彫刻があまりなく、レリーフが見たかったので満足しました。

バクセイチャムクロンに匹敵する急階段

第2回廊から第3回廊へ。ここの階段を見逃すと上に登れません
かなりの急な階段ですが、手すりもあり、階段も整備されているので大丈夫です

バクセイチャムクロンにへばりついて登った後は、自信がつきました。多分手すりがあればアンコール遺跡のどんな階段も大丈夫です。

第三回廊。柱自体は修復後のもののようで、狭く、高さもかなり低いです。
かなりの高さ

中央祠堂までは階段はあったもののロープが張られていて登れませんでした。階段の新しさから、コロナ前までは登れたのでは?と思います。係員不足かな…残念です。

この時点(8:00頃)でも観光客は私一人でした。

第3回廊より。結構な高さがあります。

神話のレリーフ

見たのは南門、北門だけでしたが、ヒンドゥー教神話のレリーフが興味深かったです。

ヒンドゥー教神話を知りたい…ガイドさんがいたらと思いました

レリーフのある場所は多くないですが、かなり状態がよく、見て楽しめます。今まで、遺跡は自分のペースで見たいので一人がベストと思っていましたが、それぞれのレリーフの背景を深く知りたくなり、「ああ、ガイドさんが欲しい」と切に思いました。

ハヌマーンがラーマの指輪をシータにあげるシーン(とFocusing on the Angkor Templesに書いてありました)シータはあのラピュタのシータ?と思いましたが、ラピュタはSheeta, こちらはSitaでした。
シヴァが猪を撃つシーンだそう
できた時はどんなに迫力あったのか…

8:30には観光客も増えました

帰る頃には、1人で訪れる観光客がポツポツと、そしてカンボジア人大家族がバプーオンを訪れていました。

10人以上のカンボジア人大家族。楽しそうです。いいな。

橋(スピアン・トゥモー)が工事中

迂回路は右です。"detour" (迂回路)パス単で出てきた!
役に立つものです。フランス語語源っぽい。
ガッタガタですが、プラサットバッチュムに比べれば大丈夫

バンテアイ・クデイ前

バンテアイ・クデイの前を通りました。ここで日本の調査団が280体の仏像を発見したのですね。そしてイオン博物館へ…

スラ・スラン前でコーヒー

とにかく寒かったので、ホットの飲み物がほしかったです。ホットカフェオレを頼みました。スラスラン前に無数にある外のカフェは、豆をその場で挽いてくれるところが多いです。カフェオレ5000リエル(1.25USドル)、ABA銀行のQRコード払いができました。

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