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俺の月(温泉にて、月子目線)


龍達と共に例の湖まで来ておった。
優斗は旅中に星をよう見る男でロマンチストさんや。彼等は羅針盤を持ち歩いとって、俺ほど速くは飛べへんものの山歩きは慣れた様子やった。
「月子、もし蝶々が居たら教えてくれよ」
「なんじゃ?自分の首でも見とったらええがな、確か花畑もこの辺りにあったかどうか、蝶々なんてどこでもおるんじゃないの?」
「いや、俺は蝶々は図鑑でしか見たことがないんだよ。なんでだろうな、この島は山が生き生きしてる。街の山は枯れてたんだ」
「そいや、あんたは一体どこ目指してるんじゃ?龍は飯屋やる旅やろ?」
「いや、ただうまい飯が食べたいだけさ」
優斗は寂しげな目をたまにする。故郷に恋人でもおったんかもしれん。なかなか男前じゃし、村の女どもだったらすぐ食いつくような甘いマスクじゃ。
それにしても俺は島しか知らんことをようやく3人に出会えて知ったという事じゃな。
話によると俺の村はこの大きな島の一角にあり、南の位置にあるこの島の隣ではたくさんの国が広がっていて、龍たちの生まれ故郷でこの3人が来た国の名前は【ツツマ】という、とても小さな貧相な国らしい。
龍が広げた地図には、この島の名前などどこにもなく、俺の村どころか島全体が地図には乗ってなかった。
「この島は隠されてたのかな?」
パーカーのフードを被った悠真が首を傾げたけれど、俺はなんとなくその理由はわかってはおった。
あの姫君を守るためじゃろう。
この旅人の3人は、泳いで来たと言っていた。俺とは逆に島のことは何も知らんらしい。村には連れて行こう。男手3人分の紹介料はずいぶん頂ける。カミダイ(剥ける魚のことは村ではそう呼んどった)一尾でこれは旨すぎる話じゃ。
ただ、隙のないこの龍という男が気になるのは、仕方ない。瞳が茶色じゃー美しいこの姿はあの厳しい村長と血筋が繋がってそうじゃ。龍がいなければ直行しとるんだけども。俺はもう村には帰らないほうがいいのかもしれん。迷うなぁ。もしかしたらこの龍こそ連れて行くべきか。そうすれば儲けどころか家一軒もらえるかもしれんでな。一歩間違えたら打首じゃ。村長次第じゃー。こわい。
困ったなぁ。兄貴、すまん。あんたとは縁がないのやろうねえ。
ただ、ごちゃごちゃ考えている俺はもっと別のことも考え始めていた。
そっち取っといたほうが面白そうじゃ。
そんな折、龍から催促があった。
温泉を教えて、浴衣を干すのにちょうどいい日差しの時じゃ。
夕飯を持ってこいと言う。
まあ、こやつらには確かに素潜りなんて無茶かもしれんでな。頼られたんじゃ、いっちょ気張ったろ。
「よし、カミダイ釣ったろ。ちょっと待っとけよ!」
俺が腕まくりして襷掛けした浴衣を脱ぎ、湖に一足跳びにたどり着く。
この辺は村が近い。あの湖にもおるじゃろ。
カミダイはすぐに見つかる。案外この時期はとりやすい魚なんじゃ。湖の主にしてはたくさん産みはる魚で、この歯で他の魚を食うのでカミダイばかりの時がよくあった。秋は大体こいつの刺身にミソスープ、きゅうりの漬物じゃ。
俺が三尾もナイフひと突きで仕留めて這い上がり、龍どもが湯上がりの頃合いを見計らい、自分は湖で水浴びじゃ。
浴衣がはたはたと木の木陰に揺れている。
もう夕焼けも近い。
カミダイを持って行かねば。
木から木へ行くとすぐに温泉が見えた。

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