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僕のキスマーク



走れば追いつくかと言うと僕の足じゃ一生のお願いを神様にしたって無茶だ。
「どこまで行くんだよ!」
鈴木がどんどん小さくなって豆粒ほどになっても僕は走る。走って走って走って、どうせいつもの場所に辿り着くこともわかってる。たぶん、あそこだろ。
「僕っ子」と揶揄わなかったのは鈴木くらいだった。
鈴木はどんどん男の子の体になっていく。
僕はまだ女でも男でもないのに、鈴木がたまにキスをする。
「キスマークついてるよ」
全く鈴木のせいでクラス中に僕が恋人アリってバレたんだ。
でもさ、鈴木は言ってのけた。
「ミエコは俺の」
それからというもの、僕は鈴木に会うたび求められる。
なんか、むかついて、僕はカバンで鈴木を殴った。
そしたらこれだ。
走って、走って、走っても追いつけない。
ゴールに鈴木が居なかったとしても。
走って、走って、走って......
学校の屋上に、やっぱり来てしまう。
知ってる。
「鈴木、僕と一緒にいて」
鈴木はそこに居て、僕のカバンを屋上から投げた。
腕を引っ張られて、求められる。
「いつでも、どこでも、どこにでも、俺はお前にキスしたい」
「鈴木....カバン捨てないで」
鈴木が口を塞ぐ。もうだめだ。
「言えよ。俺を好きだって。お前の声で。お前の身体で。お前の顔で。お前の全部欲しい」
「鈴木......」
これじゃ言えないよ。
「好きだけど」
キス。
「好きだけど、でも、困る」
キス。
「君は僕を女の子にしか思ってないでしょ」
キス。
「僕は」
キス。
「男なんだ」
キス。
「だから」
キスした鈴木が言う。
「どーでも良いよ」
僕は黙って、突っ立っていた。
キスの最後まで女と男になって、鈴木はそれでも僕を「俺の」とキスマークをつける。
強引で、執拗的になされた行為。
「男が嫌いだ」
鈴木にそう言って頬を引っ叩いたらよかった。
あれは十二歳の夏で、夕焼けが二人を照らしたその日からずっと遠くへやってきた。
もう鈴木に会わなくなって、もう一人称を使わなくなった。
そんな鈴木が、たまに居る。
なぜか、僕の心の奥に、今でもキスマークが取れてないみたいに。

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