黒孩子ラーメン

今日はお昼の一時からWebメディアの打ち合わせがあったので、道中のセブンイレブンで何かご飯を買って食べ歩きつつ、打ち合わせ先へ向かうことにした。

そう心に決めてセブンイレブンに入ろうとすると、すぐ脇にラーメン屋さんがある。

あぁ、ラーメン。ラーメンいいねぇ。

やたらとたくさんののぼりが立っているそのラーメン屋さん。

うちのおすすめはこれです、という強いこだわりがなく、醤油も塩も味噌もなんでもござれ、いっそ煮干しとかイタリアンとか個性派たちも揃えてまっせ、というラーメン屋さん。

学生街だけあって店内は若者たちで賑わっていて、カウンター越しに見える厨房にも学生バイトと思しき子たちがいる。

私はカウンターに座ると、べたつくラミネート加工のメニューを手に取りざっと目を通した。

そして、たまたま目の前に立っていたグリーンのインナーカラーを入れているバイトの女の子に声をかけ、チーズラーメンをください、と言う。

彼女はまだバイトとして日が浅いからか、ええと、チーズラーメンですか?と不安げに聞いてきた。

私も、ええと、と返しながら、奥の壁に掲示されているポスターを指差す。

派手な赤色のポスターには、太陽のトマトラーメン、とでかでか銘打たれていて、ノーマルとチーズ入りの二つがあるらしく、私はそこのチーズの方を指差して、あれですね、と伝えた。

インナーカラーのバイトの子は早口で、あぁ、あちらのチーズラーメンですね、分かりました、と言い、奥の先輩に向かってオーダーを伝える。

そうして、お待たせいたしましたぁ、と脇に置かれたラーメンは透明なスープに白雪のチーズがかかり、太陽のトマトとは似ても似つかない。

私は反射的に、すみません、と声をかけ、ちょっと注文したものと違うようです、とできるだけ控えめに伝えた。

ラーメンを持ってきてくれたのは、さっきのインナーカラーの子とは違う黒髪ストレートの子で、厨房に戻りかけた足を止め、あれ、という顔をして戻ってきた。

すみません、チーズラーメンではなかったですか、と聞かれたため、あの、あちらに掲示されている、と壁に掲示されたポスターを仰ぎ見ると、赤いポスターの隣に白いポスターがあり、そちらには、あっさり塩チーズラーメン、と書かれている。

私はそこですべてを悟ってしまい、あの、すみません、私がさっき頼んだのは太陽のトマトの方の、と言うと、あぁそうでしたか、申し訳ございません、と黒髪ストレートの子も合点がいったようで、今しがた持ってきた透明ラーメンを掴むと早歩きで厨房へ戻り、塩じゃなくて、トマトの方らしくて、ええ、とオーダーを確認する。

私は、あぁ、やってしまったな、と思った。

インナーカラーの子がたどたどしかったのは、決して新人だったからではなく、チーズの入ったラーメンが二つあったからだったのだ。

そして不運なことに、と言うか、お店のポスターの掲示の仕方にも問題もあったと思うのだけど、たまたま塩チーズとトマトチーズが隣だったばかりに、インナーカラーの子は私が見て指差したトマトではなく、隣にあった塩チーズをオーダーに通してしまった。

あぁ、やってしまった。

私は怖くてもう厨房の方を見ることができなくなってしまった。

怖かったのは、インナーカラーの子が後ほど責められるんじゃないかということではなく、私の失念によりおかしな空気にしてしまったことでもなく、あの透明のラーメン。

私のイメージとインナーカラーの子のイメージの隔たりの中で生まれてしまった、あっさり塩チーズラーメン。

アイデンティティーが失われた子。黒孩子。

あの子はシンクに流されてしまったんだろうか。

見てもいないし音も聞いていないから分からない。

けれども、何かしらの意味を持って生まれてきたはずの子が、私のたった一言によって意味を失われてしまったことは、ひどく恐ろしいことだった。

私は、確かな熱を持って私の口腔内を満たす赤い子をすすりながら、あの黒孩子の、いえ、透明な子の、一瞬邂逅した無垢な目を思いかえす。

雪のちらつく荒野に棒のような足で立つ、あの子。

物言わぬ、透けた瞳の、あの。

私は震える手でどんぶりを掴み、赤い子を喉奥に流し込んだ。



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