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Day3】『お願いだから、騙されているふりをして。』4500字

Day1, Day2の内容を転載、加筆修正しています。
一人の女性と、高校生の男の子の話。



「ねぇ母さん、今度の三者面談だってさ。予定どう?」
「その日なら空いてる。綺麗にしていくね。」
「いやいいって…母さんは十分きれいだよ。」

そんな他愛もない会話をして、一緒に映画を観て、読書したり勉強したりして夜の時間を過ごす。
友人たちから見ると類も見ないほど仲の良好な親子に見えるらしい。それはきっと俺が小さなころに父親が失踪したせいで母さんが一人で育て上げてくれたからだろう。
沢山苦労を掛けた。どうして父親がいないのかと責めた。どうして友人たちのように旅行にいけないのかと文句も言った。家に帰りたくなくて近所の公園で時間をつぶして心配をかけたこともあった。そうして捻くれながらも成長を進めていき〈母子家庭〉とひそひそと噂をする同級生の親を見て、そういう生活しか歩めないんだと、腹に落ちた気がした。
母さんと二人で、力を合わせて生きていく、そう決心したんだ。

今日もまたいつも通りの景色を眺め学校へと通う。
三者面談、めんどうだなぁ。
今日の弁当なにかなぁ。
あーあれ?宿題やったっけ?まぁ見せてもらうか。
「あの」
昨日の動画面白かったな。学校で見せるかな。
今日の前髪ちょっといまいちだな。
「あの、XXXさん、ですか」
…ずっとこっちを見ていた女性が、とうとう俺に話しかけてきた。もう一ヶ月にもなるだろうか。どこかの駅のホームに電車が滑り込んだ時に目が合って以来、時々同じ電車に乗り合わせじっと俺の方を見てくる。背格好や顔を見たり、ある時は後ろに立っていて携帯を覗き込もうとしていたり。心底ゾッとした。
ここ最近母さんには朝練があるからと言って家を出る時間を変えたり、逆に駅で隠れて時間を潰したりしてみたけど、今日はとうとう捕まっちゃったか。

名前呼ばれたってことは結構個人情報ばれてるのか?
母さんには心配かけたくないしなぁ。
自分より幾分背の低いその女性を睨むように見ながら思案する。
声をあげるのは悪手だな。それは俺にとってもちょっとよくない。
でももう逃がしてくれそうにも見えない。

さて、やることと言えば煙に巻くくらいか、と口を開こうとした瞬間
女が口を開いた。

「XXXさん、あなたが今一緒に暮らしている女性は

あなたを誘拐した人です。
私が本当の母親です。」

…ああ、この人間はだめだな。TPOを考えようともしない。勝手に相手を断定して大事なことを口にする、なんて愚かなんだ。

「へぇ?俺の母親があんた?
突然話しかけて不審者にしか見えないんだけど。
もう二度と話しかけるなよ。」

煙に巻くから方針転換、少し威圧して下車する。学校の最寄からは違うが多少走れば一限には間に合う。それにしてもあそこまで踏み込むとはね。通学路変えるか?にしてもあの勢いだと家も特定している可能性も高いしもう少し話して確認したほうが良かったな、判断ミスだ。

一先ずは今日の三者面談乗り切ってから考えるか。母さんに自慢に思ってもらえるよう成績も出席も頑張ってきたんだし。




〈あなたのこども あなたのこどもでは ないです〉

あの子を見送った後、買い出しに行こうとしたら玄関に紙が挟んであった。新聞やチラシを切り抜いて作られた文書。

この生活を脅かす誰か、こんな文言で脅そうとする人間、そんなものは限られていた。

「あなたがどう思おうとも、あの子はうちの子なのよ…」

いつも笑顔で「母さん」と呼んでくれるあの子。
いつも美味しいってご飯を食べてくれるあの子。
今では二人で旅行に行ったり夜を静かに過ごしたり、そんな生活ができるようになった。
それを壊そうとしている人間がいる。


「やらなきゃ…」



教室の中でクラスのやつとその親と担任が話してる。
俺と母さんは教室前の待機用の椅子で座って今日の出来事や、三者面談で話す内容とかを小声で話しながら静かに時間を過ごしていた。

ただ奇妙だったことがいくつか。
一つ目は今まで一度たりとも母さんは俺との待ち合わせに遅刻なんてしたことなかったのに、今日は少し遅れてきた。手洗いに行った隙に電車の情報を調べたけれど遅延等は特になし。時間的にも買い出しに被ることもないし、今朝母さんが用意していた訪問着と同じものを着て来ているから衣服を考えて遅れたとも思えない。ストッキングが破れたとかイレギュラー要素も考えたけど準備のいい母さんには然したる障害ではないだろう。

二つ目は遅れたことに対して一言もなかったこと。ちょっと汗ばんでいたけれど、表情はいつもと変わらず、暑いねと口にしただけで何事もないかのように教室へと向かい始めた。
普段にはないことなのだから、むしろ何か一言あったほうが自然だ。

母さんがこんな行動をとる可能性としては二つ、かな。一つは母さん自身が動揺していた、例えば面談の直前に何か大きな出来事があってその動揺を隠そうとして、とか。二つ目は逆に俺の動揺を誘おうとしていた。現に俺は今必死に頭をはたからせている。

もしかして今朝声をかけてきたあの女が関係あるのか?
母さんは今日あの女が俺に話しかけていると踏んで、俺がこの後どう行動するか様子を見ている?

少し迷いはしたけれど、今はまだ言及しないほうがよさそうかな。

母さんと待ち合わせた時に俺が何も言わなかったのは違和感を感じているだろう。でももうそれは過ぎたことで誤魔化すには遅すぎる。一旦はこの後の三者面談が気になってた風を装うかな。


でも覚えていて。
俺は母さんがいいから、ここにいる。
もしあの女に渡そうとなんてしたら、ね?

母さん、俺は素直で可愛い母さんが大好きな俺のままだよ。



少しバタついてしまって、息子との約束の時間に遅れてしまった。
初めてのことだったから焦ったけれど普通に待ち合わせ場所で待っていた。私が親離れできていなかっただけで、あの子ももう大人になのかしら?
そう様子をうかがっていたけれど、あの様子だと違うようね。
多分、私の何かを疑っている。

遅れてきた段階で何か思ったのかな、先に連絡を入れておいたけれど特に言及は無し。むしろ普段より返信速度が遅かった。となると何か考えながら打っていたと見える。
やはりあの女、うちの子にも接触していたみたいね。

とてもきれいに整った表情、多分何を言うべきかどうかはまだ精査できていない。だから今は三者面談の方で意識をそらそうとしているってところかしら。
お母さんだものそのくらいわかる。
今はそのまま騙されているわ。

あなたが今後何を知って、どう行動するのか。
その為の時間ならいくらでも、いくらだって待つわ。
今は無垢な母のように、そのまま笑顔で過ごしてみせる。



でも、それでも
この時間が続けられたらと




遠い昔、本当に小さな、記憶が始まるかどうかの頃の記憶。
最近ふと思い出した、ほんの一瞬の記憶。

俺は、異形の者たちの中で過ごしていた。

さやさやと風の通る音
透き通った青葉
雨上がりにふわりと香る土の香り

どんな田舎かと今なら思うけれどそんな自然の多い土地の中

毛皮をまとうもの
ぬらりと光る長い手を持つもの
黒い霞の中に浮かぶ瞳
何かを咀嚼している花
木の上や草むらの間からこちらを見つめる数多の気配


そんな中で、俺は生きていた

その次の記憶ではもう、母さんが優しく俺に微笑んでいる。
どんな表情だったかは詳しく覚えていないし、勝手に補完しているのかもしれない。でも今思うと泣きそうな、苦しそうな、そんな歪な笑顔だった気もする。

あの女が一体誰だったのかなんてわからない
その記憶が関係あるのかどうかもわからない
俺がどんな存在だったのかなんて知らなくていい

でも、この生活を壊すわけにはいかない

学校でだって友人背後には黒い何か漂い、道路ではずっと何か呟いている人がいるなんて日常茶飯事。違和感を抱いてから隠しているけど頭の回転だって異常だ。きっと俺の幼い頃は厄介ごとが多発していただろう。
でも母さんはまだ俺を手放さないでいてくれた。
どんなに厄介だっただろう。
俺なんていなければ、好きに自分の人生を生きれただろう。

でも、もう俺は母さんがいないといきていけない

こんなにもあたたかな世界をくれた母さんがいないと、いきていけないんだ

だから、お願いだから、すてないで




バックミラーを見て何もついてきていないことを確認する。
普段は電車だけど、流石に今日は車じゃないとどうしようもなかった。これもあの子に疑念を抱かせる要因の一つになるだろうけれど仕方がない。あの適当な文言が書かれた紙は手に取った瞬間燃え始めた。そんなことをできるのはあの子を捕まえていた奴らしかいない。

私が自殺しようと、山の奥深くに入った時のこと
周りに誰もいないことを念入りに確認し
大樹にロープを垂らし
いざ首を吊ろうとしたその瞬間

あの子が、赤ん坊だったあの子が、私の服の裾をつかんだ


きっとそれは向こう側の存在
最初はただの黒い靄にしか見えなかった
悲鳴を上げそうになったけどこわばって声が出ない
靄は徐々に人の赤ん坊の形を成していって
小さな、ほんの紅葉の大きさのその手で
離すまいと握っていたの
私を、必要としていたの

きっとあの子は向こう側の存在
それでも私は、この子を私の手で育てると決心した

大変だった
あの子が泣くと食器が飛ぶし
学校のトイレの水道管は破裂するし
引っ越しに引っ越しを重ねた

あるとき怪我をしたあの子の指をぱくりと咥えてから
時々黒い靄が見えるようになったのは予想外だった
けどそのお陰であの子を誘惑するものを見ることができた

あの子が癇癪を起すときは
父親がいないと泣いたときでも
お金がなくて一緒に遊びに行けなかった時でもない
黒い靄があの子をどこかへ連れ去ろうとしているときだった

だから私は奴らを殺すことにした
あの子にとっては元は身内かもしれない
手を汚す私を疎むかもしれない
それでもあの子が嫌というのなら
お前たちは私の手で殺す


ぎこ、ぎこ、ぎこ どさり

やつらが何となく掴める状態から、握れば何か反応するようになり、字を覚え、こちらへ接触してくるようになる。今回のものは家の近くで育たなかったのか全く気が付かなかったけれど、どうにか処理できた。
こちら側のものに手を出せる程出張ってきていたから、少し手間取ってしまったけれど。

私はこのままこちら側であの子を育て上げたい。
私が連れ帰ったのだもの、あの子は人間ではないことは理解している。
でもね、そんなの関係ない。あの手で私をつかんだ時、絶対育て上げると決意したのだもの。

でも、そうは言っていられないかもしれない。
近頃奴らはあの子の周りに増えてきている。知能を得るまでの期間も短くなっている。きっと私とあの子が向こう側について話し始めた時、確実に奴らはあの子を攫おうとするだろう。

もうあの子自身も異常に気が付いていることだろう
でもまだ問いかけてこない
何かきっと考えている

せめてあの子が決意を固めるまで
できる限りあの子の選択を尊重するために
私は今日も奴らを処分する



あの子が自分の出生について問いかけてきたとき
私とあの子の関係は終わる




あと少しの間でいいから、お願い、騙されているふりをして







最後わかんなくなっちゃった。
今度また修正します。

拾われて、もう一緒に暮らすと決意している男の子と
拾って、居なくなる選択肢を消しきれない女性

そんな関係になるのかな

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