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『無敵鋼人ダイターン3』に仕込まれたアニメ的表現と伏線と謎。/2020年4月14日
在宅勤務。
起き抜けにウーバーイーツで頼んだ朝マックを食べる。深夜にいきなりホットケーキが食べたくなったから注文した。もっと本格的(?)なホットケーキが食べたかったけど、いたしかたがない。
ひきつづき、『無敵鋼人ダイターン3』の視聴を進める。Amazonで配信レンタルしてるんだけど、1話ずつ購入するの無限にめんどくさい。
仕事の合間に思い立って、小説の習作をしてみる。最近は曲がりなりにもプロットを事前に立てていたけど、なんとなくいけそうな気がしたので、ぶっつけで書いてみる(この手の予感はだいたいにおいて裏切られる)
おろ、2000字くらいさらっと書けた。やったね。文体の選択に成功した感じ。あるいはテキストエディタではなく、noteで書いたのがよかったのかもしれない。ほぼ毎日、使っているエディタだしね。
夜、行きつけの飲み屋・いのせんと。にお弁当を取りにいく。会計しているとき、ちょうど「乃木坂工事中」で2期生が「アナスターシャ」を披露していた。
染みるなあ。
「チキンソテー、竹輪の磯辺揚げ、ブロッコリー入り卵焼き、海苔ごはんのお弁当」と、「ベーコンと炒り卵のおかずサラダ」をいただく。うんまい。写真は撮り忘れました。
『無敵鋼人ダイターン3』全40話、無事完走。
おもしろかった。
富野由悠季作品のなかでは、数少ない「スーパーロボットもの」ということになる。
「スーパーロボットもの」といえば、『マジンガーZ』とか『ゲッターロボ』とかそういうの。
めちゃくちゃ強いワンオフのロボットが地球制服を目論む異星人だとか、正体不明の化け物と戦うようなやつ。
ロボットもののアニメといえばかつて、よくもわるくもその大同小異であった。
しかし、そこで革命を起こしたのがだれあろう富野由悠季であり、そうやって生み出されたがご存じ『機動戦士ガンダム』だったりする。
「ガンダム」がすごかったのは、「ロボットが活躍すること」にいちおうの軍事的なリアリティと説得力をもたらしたことである。そのへんのすごさは、いろんなところでイヤっちゅうほど指摘されているのでくりかえさない。
しかし、覚えておいてほしいのは、そんなガンダムに影響を受けて、「兵器としてのロボット」を描いた一連の作品群を「スーパーロボット」との対比で、「リアルロボット」と呼ぶこともあるということだ。
で、そんな「リアルロボット」の生みの親である富野由悠季が、ガンダムを手がけるまえにつくった「スーパーロボット」アニメ――それが、『無敵鋼人ダイターン3』である。
ということで、『ダイターン3』はほかのスーパーロボットもののお約束にそっている。つまり、ダイターン3という巨大なロボットが、火星を拠点とするサイボーグ集団――メガノイドが派遣してくるコマンダーと戦うというプロットである。
『マジンガーZ』などを観たことある人は想像しやすいかもしれないが、「1話1体」が基本的なフォーマットである。『ダイターン3』も例外ではない。
なのだが、この作品がおもしろいのは1話完結の「小さな物語」の裏に、主人公・波嵐万丈の正体という「大きな物語」――いってしまえば、大きな謎が横たわっていることだ。
波嵐万丈は当初、「正体不明の大金持ち」として、ときにクールに、ときに華麗にメガノイドを倒していくのだが、物語が進行するにつれて、そんな彼のまさに「正体」がおぼろげながら見えてくる構成をとっている。
万丈は富野由悠季作品の主人公としては、かなり明朗快活な部類で、同時になにをやらせても一流の天才キャラとして描写されている。いってしまえば、「完全無欠」である。金も力もあり、女にもモテる。なに不自由ないように見えるそんな万丈がなぜ、メガノイドと戦うのかは、はじめは明らかにされない。
いっぽうで、エピソードの節々に並々ならぬメガノイドへの憎悪を抱えていることが匂わされる。物語の中盤で、メガノイドを開発したのが万丈の父である波嵐創造であることがわかり、さらに母と兄は人間をメガノイドにする初期実験の失敗で命を落としたことがあきらかになることで、憎悪のわけが判明する。
つまり、万丈は「父への憎悪」の発展形としてメガノイド殲滅を目論んでいるのであり、『ダイターン3』はいわゆる「父殺し」のモチーフの変奏曲とみなすことができる。
万丈のメガノイドへの憎悪はそうとう深いようで、アシスタント兼ヒロインであるビューティーが敵方のボスキャラであるコロスに捕まった際も、こんなセリフを放っている。
「ビューティすまない……僕はビューティを助け、コロスを倒せるほど恰好よくは出来てはいない。この一度のチャンスをとり逃がす訳にもいかない。僕にはそんな余裕もない。ビューティ、死ぬ時はひと思いに殺してやる。苦しまずにな」
『無敵鋼人ダイターン3』第20話「コロスは殺せない」より
ときに仲間を見殺しにしても、メガノイドを抹殺する――万丈のそんな悲愴な覚悟がかいま見える作品屈指の回だ。
そしてさらなる謎として、「万丈自身もまたメガノイドではないか?」という問いが、物語の中盤から終盤にかけて提起される。そしてその謎は、明確に解き明かされることはない。ありとあらゆる手がかかり、あるいは伏線として匂わされるだけである。
そもそも物語の序盤から、万丈は「完全無欠の超人」として描写されることは前述したとおりだ。ややオーバーなくらいに。たとえば、オープニングムービーおよび第1話のなかで、万丈は鉄格子を素手で開いている。
それは素直にみれば、アニメ的(誇張)表現と解釈するのが妥当だろう。実際ぼくも、最初にそのシーンを観たときは大笑いしていた。
しかし物語が進むにつれてそれは、「万丈がメガノイドであることの伏線なのではないか?」と、その意味を華麗に反転させる。
そのことは、製作者サイドも織り込みずみだったのだろう。手がかりがある。物語の終盤のとあるエピソードで、万丈はメガノイドに捕まり、手錠をかけられてしまう。そしてご丁寧にも、敵兵に「その手錠は人間には外せない」というセリフをいわせている。鉄格子と手錠。主人公を縛る檻。似たモチーフであることは瞭然だろう。
その直後、万丈は素手で手錠を外す――人間には決して外せるはずのない手錠を。
そして最終話。ついに火星で向き合ったメガノイドの首領、ドン・ザウサーと向き合った万丈。そしてドンは、そんな万丈の「あまりに人間離れした力」を目にして、「おまえはほんとうはメガノイドではないのか?」と、問う。
しかし、万丈は答えない。物語はけっきょく、万丈がメガノイドであるか否かをあきらかにしないまま、幕を閉じる。そしてそれは、ぼくたちにえもいわれぬ余韻を残す。
スーパーロボットもののフォーマットにあくまで乗っ取りつつ、一筋縄ではいかない仕掛けを忍び込ませる。
後にロボットものに革命を起こす富野由悠季らしい意欲作である。
ということで、つぎは『装甲騎兵ボトムズ』を観ましょう。
(終わり)
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