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脳内ジャック(創作)


数日前からわたしの脳内に居座っている言葉がある。

「クソデカ感情」という言葉である。

「クソデカ感情」とは

「クソデカ感情」は、非常に重い愛を総じた用語。 「クソ」は「非常に」「とても」を、「デカ」は「大きい」を、そして「感情」は「愛」をそれぞれ意味する。 ここでの愛は、恋愛感情に限らない。 友愛、忠誠、親愛、憧れなど、幅広い愛を指す。 

(出典: numan


たまたま、ネットでその言葉を目にしてしまったことがきっかけだった。
以来、どこにいても、何をしていても「クソデカ感情」という言葉が追いかけてくる。いや、脳内にこびりついてしまっている。

なんで。よりによってこんな言葉……
もっと綺麗な言葉や、かわいい言葉だったらよかったのに。


そんなわけでわたしは、今もなお脳内をジャックしつづけるその言葉を引き連れて学校へ向かう。
今日は、中学2年生になって最初のテストの日。
もちろん、ここ数日脳内をジャックされているわたしは勉強どころではなかったけれど。


新緑から朝日が漏れて、きらきらと網膜を刺激する。スズメのさえずりが聴こえる。
美しくて、癒される光景。……のはずが、そんなときでもわたしの脳内では例の言葉がリフレインしている。ちょっと黙っててよ。


教室のドアを開けると、既に登校した生徒たちが勉強したり喋ったりと各々の時間を過ごしている。
新しいクラスには、今のところ親しい人間が一人もいない。もともと友達は少ない方だし、別に気にしないけど。

席について教科書を机にしまったところで、チャイムが鳴った。
まだ名前も覚えていない前の席の生徒が、テストの解答用紙をこちらへ回す。それを一枚受け取ってわたしも残りの解答用紙を後ろへ回す。


「始め!」

先生の号令とともに、カリカリカリカリ…… 鉛筆と紙の擦れる音がしんとした教室に響いた。

こんなときにも、わたしの脳内は例の言葉でジャックされているわけで。
ちょっともう、本当に黙っててよ。

テストの文章問題、さっきから同じところを何度も何度も繰り返し読んでいる。
どうしよう、まるで内容が頭に入ってこない。
「クソデカ感情」に支配されたわたしの脳内に、他の言葉が入る余地はないらしい。

考えないようにしようとすればするほど、「クソデカ感情」は大きな声でわたしの脳内を埋め尽くす。
ちょっともう、本当にカンベンして……


うるさい…… うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい


「うるさーーーーい!!」



しんと静まり返っていた教室の注目が一点に集中する。
しまった、声に出ちゃってた。恥ずかしい……



「鈴木、おまえが一番うるさいよ」

担任の先生が呆れた様子でたしなめる。
はい、おっしゃる通りです。ごもっともです。ぐうの音も出ません……。


クラスメイトに笑ってもらえればまだ気が楽になったかもしれないけれど、テスト中だから誰も笑わない。地獄だ。
結局、テストはほとんど白紙のまま終わった。
その後の授業をどうやってやり過ごしたのかも覚えていない。休み時間はひたすら本を読んでしのいだ。……と言っても、内容なんてまったく頭に入っていないけれど。


はぁぁ…… テストも全然集中できなかったし、クラスメイトにも変なやつって思われたな。最悪だぁ。
もういいや、帰っておやつ食べながら好きなテレビでもみーようっと……


帰ろうとしたその時だった。


「ねぇ、きみ!」


突然、声をかけられた。


「えっと、鈴木さん?だっけ? 今日、テスト中に叫んでたでしょう? 僕、山田。同じクラス」


山田…… 
いたかもしれませんね、そんな人。ていうかテスト中のこと掘り返さないでよ…… どうせ変なやつってからかうつもりでしょ。


「ねぇ、もしかしてきみも聞こえるの?」

「え?何が?」

「もう一人の自分の声……!」


え…… ええええええええ! この人わたしより変なやつなんじゃ……!?


「僕、うれしくってさ。初めて自分と同じ能力を持つ人に出会えたよ!」


いやいやいやいや…… わたしまだ肯定も否定もしてないんですけど? 勝手に話進めないでよ。ていうか一緒にしないでよ。


「あっ、能力のことは他の人には内緒だよ。きみだけに話すんだ。なぜって?僕がきみを信頼しているから!」


さっきから一方的に喋ってくるな……。
しかも信頼って…… わたしのどこを見てそう思ったのよ。ほぼ初対面じゃん。


「わたし、そういうのじゃないから……!」


わたしは逃げ出した。


「ちょっと待ってよ!」


山田が追いかけてくる。

え、なんでよ。怖い怖い怖い。


わたしは山田の声を振り切って走った。
走って走って走って走った。




あれ?ここどこ?

見たこともない景色。
夢中で走っているうちに、知らない場所まで来てしまったようだ。


「ねぇ、あの子って……」

ヒソヒソ声が聞こえて振り向くと、知らない人たちがわたしの方を見て何やら話している。


「やっぱり!ほら、あの子……!」
「本当だ!あの子だ……!」


え?わたし……?なに?


「ねぇ、あなた。例のアレについて詳しいんでしょう? 教えてよ!」
「ていうか、もしかしてあなたがご本人!?」
「うそ!ちょっと触れさせて……」 


肯定も否定もする間もなく、無数の手が伸びてくる。全身の毛がよだつ。

「わたし何も知りません!人違いです!」

そう言ってわたしは逃げ出した。のに……

うそ、追いかけてくる……?


やだ。わたし何かした?知らない!
怖い怖い怖い。ごめんなさい、ごめんなさい……


追手を振り切ってひたすら走った。
走って走って走って走った。



たすけて山田……!

なんで山田?

さっきから脳内に山田がずっといる。おかしい。こんなのおかしい。



山田どこなの。たすけてよ山田……


山田、山田山田山田山田山田……



「山田ぁーーーーっ!!」

「ハイ山田です」

「ぎゃーっ!!山田!」

「失礼だな……呼んでおいて」

「ごめん…… まさか本当に来るなんて」

「話はあと、とりあえずこっちへ!」


驚きと、恥ずかしさと、安堵と、いろんな感情がごちゃ混ぜになってみるみる顔が赤くなるのが分かる。


「脳内のもう一人の僕が、きみが困ってるって教えてくれたんだ」

「あはは、なにそれ……」


山田、やっぱり変なやつ。でも、不思議。山田を見るとホッとする……
わたしはいつの間にか、校庭に戻ってきていた。全身の力が抜けて、その場にへたり込む。


「どうしたの!?」


急に泣き出したわたしを見て、山田がびっくりしている。そりゃそうだ。


「ごめん、自分でも分からない……。でも大丈夫」

「そういうときもあるよね! よかったらこれ使ってよ」


そう言って山田はティッシュを差し出した。ポケットティッシュじゃない。ボックスティッシュ。
山田、いつもこんなの持ち歩いてんの。やっぱ山田、変なやつ。



「鈴木さんってさ、いっっつも一人で本読んでるよね。本、好きなの?」

「えっ、うんまぁ……好きかな」


唐突だな。あと、「いっっつも」と「一人で」は余計じゃい。


「へぇ、今度おすすめ教えてよ!」

「うん。考えとく……」


山田って、なんなんだろう。同じクラスなんだよね……?
わたし、一人でも別にいいかなって思ってたけど、山田となら仲良くなれるかもしれないな……。

山田、なんで私に本が好きかって訊いたんだろう。山田も本、好きなのかな。山田の好きなものってなんだろう……


「ねぇ、山田……」

「あれ……?おかしいな」


え?なに?と手元を見ると、いつの間にか山田とわたしでネコのぬいぐるみの手をにぎっていた。
山田、ネコのぬいぐるみも持ち歩いてるの?ていうかいつの間に?
混乱するわたしをよそに山田がつづける。


「同じ能力を持った者同士でこのネコのぬいぐるみを持つと、能力が発動して光るはずなんだ。でも、きみとじゃ光らない……。
鈴木さんは運命の人だと思ったけど、僕の勘違いだったみたい。ごめんね、付き合わせて」


え、ちょ…… 待ってよ山田。やだ山田。行かないで……


「山田!!」


山田が振り返って、澄んだ目をわたしへ向ける。
勇気が揺らぐ。負けるなわたし!


「わたし、何の能力もないフツーの人間かもしれないけれど、山田にとってなんの得にもならないかもしれないけれど…… でも。
もしよければ、わたしと……友達になって……!」


山田はにやっと笑って言った。


「もう友達だろ?それに、君はフツーの人間なんかじゃない。運命の人じゃなくたって、僕にとってはトクベツな人間だよ」


今、なんて言った?


「これからもよろしくね」


山田が手を差し出している。
わたしは混乱している。


トクベツ…… トクベツ……
なんだそれ。そんな感情わたし知らない。でも知りたい。わたしも山田のことトクベツだって言いたいよ。


「こちらこそ、よろしく……」


差し出された手に自分の手を重ねた。
山田はそれをぶんぶんと上下に振ってニコニコ笑う。

いつの間にか、私の脳内に居座っていた「クソデカ感情」という言葉が薄れてきていることに気付いた。
代わりに、「トクベツ」という言葉が脳内にあふれる。



「もう一人の自分の声がうるさいときはさ、こうするといいよ」

ふわっと、山田が何かを頭に被せてきた。
音が一瞬で消える。
心のざわざわが、途切れる。


「ノイズキャンセリングヘッドフォンだよ」


不思議。山田の声はちゃんと聴こえるのに。雑音だけ消えちゃった。
ていうかこれも持ち歩いてるの。山田の鞄は四次元ポケットか何かなの。


「雑音を消すだけなら、イヤーマフでもいいんだけどね。こっちの方が、音楽も聴けるから」


そう言って山田がウォークマンの再生ボタンを押す。音楽が、言葉が、脳内に流れ込む。


「うわ……」


それはわたしにとって、「トクベツ」な体験だった。
音楽が、体じゅうを駆けめぐる。


「この曲いいよねー」


山田は相変わらずニコニコ笑っている。
わたし、また山田から「トクベツ」をもらっちゃったな……。

そうだ、家に帰ったら本棚を見てみよう。
その中でいちばん「トクベツ」な本を明日、山田に渡すんだ。


西日に伸びた二つの影。その真ん中でネコのぬいぐるみが、オレンジ色の夕日を浴びてきらきらと輝いていた。



【あとがき】

金曜日の仕事中に脳内でふくらんだ、脳内をある言葉にジャックされちゃった中学生のお話です。
シナリオアートの『アオイコドク』を添えて(いい曲なので、ぜひ聴いてみてください)

カオスな脳内をさらすのは、エッセイを書くより恥ずかしいかもしれないな……
あと、創作とはいえ普段使わない言葉を繰り返し使うのは少し(?)緊張しました。今も。

読んでくださってありがとうです。

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