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「マリーについて」プロローグ

あらすじ


登坂健人・園原美鈴・橘四郎の三人は、喫茶店で「マリー」という少女について語っていた。しかし、それぞれの知るマリーは別人のように印象が違う。健人の知るマリーは「わがまま」。美鈴の知るマリーは「しっかり者」。そして四郎の知るマリーは「さみしがり屋」。 一体どれが本当のマリーなのか――


プロローグ


 マリーについて知っているすべてのこと。

     *

『わがまま?』

 登坂健人の言葉を聞くやいなや、園原美鈴と橘四郎は同時に声を上げた。

 古びた喫茶店の窓から、夏が、侵食していた。木製のテーブルを二色に塗り替えるような鋭い光。先ほど運ばれてきたばかりのアイスコーヒーはすでに氷が溶け始め、透明なコップを結露させている。エアコンから吐き出される乱暴な風はどこか生ぬるく、店内に流れるすずしげなBGMだけが、客を守るバリアのように、かろうじて夏の暑さに対抗していた。

 ふたりの反応が意外だったのか、健人は「う、うん……」とぎこちなくうなずいた。

「最初はこう、弱々しくて、儚げで、お人形さんみたいだなーって思ってたんだけど、話してみると結構そっけなくてさ。『ジュース飲みたい』とか、『疲れたからおぶって』とか、わがままいろいろ言われたなぁって……」
「えーっ、私はそんなこと一度もなかったなぁ。君に甘えてたんじゃない?」
「そう、なのかな……」

 美鈴の言葉に、健人は同意することができなかった。甘えられて、いたのだろうか。甘やかして、あげられたのだろうか。今となってはもう分からない。

 マリーについて知っていることはほんの少しだ。亜麻色の長い髪が猫のようにやわらかいこと。白い肌が消え入りそうなくらい儚げなこと。大きな瞳から流れる涙が宝石のように美しいこと。彼女がどこから来て、どこに行ったのか。今となっては知るすべもない。

「そうよ。君に心を許してたってことでしょ? 妬けちゃうな……」

 美鈴はさみしさを紛らわせるように、アイスコーヒーをストローでかき混ぜた。カランコロン、と氷が澄んだ音を立てる。きっと彼女も、彼女の知るマリーを思い出しているのだろう。

 四郎はじっと黙り込んでいたが、やがて、覚悟を決めたように口を開いた。

「……そもそも、登坂くんとマリーはいつ、どこで出会ったんだ? 最初から教えてくれないか」
「あ、はい。えーっと、あれは確か……」



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