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宛名のない手紙

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#日記

僕たちが諦めきれない「ヒーロー」について話そうと思う

そのとき歴史は動いた、と彼女はTシャツの裏に堂々と記した。真っ赤なそれに記された白は誰がみてもまっすぐで、眩しかったに違いない。ヒーローについてわたしが書いたことをふと思い出して、懐かしくなった。 よく言うけれど、大人になってからの日常というのはわりとうまくできていて、まわりの平均値が「自分」になっている。わりとよく、そう思う。だからわたしにとって芸術に触れることはすべての自分の壁を壊すための破壊活動ともいえるし、チャレンジとも言える。だから、わざわざ知らないところを覗いて

証明された猫

「話したら受け入れてしまうみたいで、言えなかった」 すべての景色が、最後に見えた。自分の意思に抗って移動しなければならない事実を、いつまでたっても受け入れられない。ぜんぶ自分で決められるはずなのに、ぜんぜん抗えない。 受け入れることは、もう一つの世界を殺してしまうことに等しいのかもしれない。でも受け入れるしかないの、と話すあの子の目がどうか、死んでいないようにと願うことしかできなかった。 上京を選んだ瞬間にも、帰ることを選んだ瞬間にも、わたしだってなにかを殺しているはず

きみの夜の端っこ

あれはよかった、と思った瞬間になくしたことを自覚するのかもしれない。身体と感情が交差する瞬間に、冬が合図を出している。 選ぶとか選ばないとか。全部選んだ結果、なんて認識も聞き飽きて。ただ、それは過去という事実、現在という真実、未来と言う真理への連続だから。 そう、正しさなんてどうでもよかった。正義なんてものは人の数だけ存在できるものだから。ただ、やさしい正義が守られないのが嫌なのだ。だからわたしはそれを守りたくて、今ここにいる。わたしは守ると言い切ること、そんな曖昧な責任

親友が24歳になった。

彼女を見ていると、いつもなにかに振り回されていていいなあ、と思う。 北参道で、顔にカレーのルウをつけて笑う彼女に向かって「なにしてんの」って笑いながら話した日に、わたしは改めて、いい友達をもったなあと思ったものだ。 彼女は突然、わたしが通っていた塾にやってきた。10年以上前のことだ。いわゆるお受験コースにやってきたにしては、だいぶ抜けている……。というのが生意気なガキの感想だった。 でも、わたしは彼女の虜だった。だって、持ち物が本当にかわいかったから。どんなものを持って

「つらいけど頑張る」の危うさについて

耐える、頑張る、我慢する、戦う…10代の頃シャワーのように浴びた言葉たちだが、当時わたしを奮い立たせてくれた記憶はあまりない。 特にそれが、何も知らない人からの言葉であればなおさら。 いろいろ定義はあるけれど、わたしにとって大人とは「経済的に一人でも生きていける人」だった。誰でも一度は通る道だろうが、とにかく早く大人になりたかった。 どうしてか。わたしの定義通りの大人になれば、自分はすべての呪縛から開放されて好きに生きていけると思ったからだ。 どうしても早く大人になり

新しい朝、新しい日常。コーヒーマシンと救世主

日常というのは、知らない間にできあがっているものだ。フィットするものというのは、わたしにとって足音のしない、突然そこに存在するなにか。 「コーヒー好きだよね」 友人からの連絡に、もちろんと返事をした数日後に届いたのは、コーヒーマシンだった。 そもそもどうしてここまで関係が続いているのか、なんてことすらよく覚えていない。分かち合った思い出がたくさんあるわけでも、共通の何かがあるわけでもなかった。 そういえばごはんを食べにいったり、わりとしっかりとしたメールのやりとりをし

拝啓、深夜のラーメン店

深夜を駆け抜けていくのは、彼のラーメンをすする音だった。ズズズという不規則なリズムを頬張る姿を、ぼうっと眺めていた。 「麺、のびちゃうよ」 うん、分かってる。そもそもどうして今日わたしたちは、こんなところにいるんだろう。こんなはずじゃなかった、昔のわたしがこんな姿を見たら呆れるに違いない。 誕生日は素敵なレストランで、かっこいいお祝いをしたり、花束をプレゼントしあったり。そういう「特別」を夢見ていた、はずだった。 今日は彼の誕生日。なのに、なぜかいつものラーメン屋にい

青空を味方につけてしまう彼

そろそろセーターをしまっていいよと、季節は言う。それでもたまに寒くなって、いじわるだ。焦らされるほど、訪れたときの喜びがおおきいなんてことを知っている春って、本当にずるい。 わたしは犬が好きだ。ちいさい頃からの口癖は「犬が飼いたい」だった。実家がマンションだったのでそれは叶わなかったけれど、いつか飼うのだと思う。犬のようなひとが好きなのだけれど、過去をさかのぼっても、そうだよなあと我ながら納得する。 そういえば犬のような彼には、春に出会った。 ────── あまり甘え

ロマンチックが離さない

改札をくぐって右、「右側通行にご協力ください」、地上へ出て右へまっすぐ。坂をのぼっていくほど気持ちが高鳴るのは、この坂のせい?それとも、今から行くお気に入りの店が、わたしのすきな“右” をくり返して、やっぱり右側に見えることが分かっているからだろうか。 右が好き、というとほとんどのひとが不思議そうな顔をする。右側に好きなひとをみながら歩くのが好き、というとさらに不思議そうな顔をする。理由なんてない。落ち着く、ただそれだけのこと。 でも多分、本当は理由があるんだとも思う。大

いつか、なんて言わない

ベッドから起き上がることもなくカーテンを開けて、光を部屋に入れる。おいで、こっちへ。今日も光に寄せて、宛名のない手紙を一枚。 運命なんてない、人生は選択の連続で、今はその結果だと友人は言った。否定する気はない。でもわたしは、すくなからず運命はあると思う、と言いたい。運命のひとの話をしているわけじゃない。ただ、そう言い聞かせないと乗り切れない出来事ってあるんだということ。 わたしが傷ついて立ち直れないとき、それでも責める気力のないわたしの代わりに、わたし以上に怒ってくれたひ

あなたにも、忘れられないひとがいるんでしょう

「あの日から、進んだつもりでいた。でも、なにも変わっていなかった」 のこりのカクテルを飲み干して、彼女は続けた。 どれだけ私が幸せになっても、今私が幸せだとしても、彼のことを完全に忘れる日は来ないかもしれない。むしろ来てほしくない気もする。あんなにひどいことをされて、もう嫌いになってもいいはずなのに。 一年も会わないうちに、彼女は私の知らない服をきて、知らない顔を持っていた。綺麗に施されたメイクが新しい彼女を際立たせていて、不思議な気持ちになった。 そういえば今日、イ

姫毛が揺れる、それが魔法にかかる合図。

思い返せば私が魔法にかかってしまったのは、多分もう7年は前の、あの日だったと思う。姫毛が大胆に揺れる小さな顔に華奢な体、少し大きい制服を身に纏って彼女が言った言葉を、私は忘れたことがない。 私の “大丈夫” には理由がある。 ────── あの日私は、あなたを見て思っていた。私はこの子と絶対に分かり合えないと。あまりにも背筋を伸ばして立つあなたに嫉妬をしていたんだと、今では思う。何か選択をするとしたら、どうしても少数派というものが生まれてしまう。あなたは迷わずそれを選ん

きみはなんにでもなれるよ、ぜったい。

私だけの、ってなんだろう。久しぶりに手紙を書きたくなって、言いたいことを口でうまくいえない私だから、宛名のない手紙として、でもこっそり誰かにあてて、何通かしたためてみた。 ────── あのね、 大丈夫といわれても「なにが?」と聞きたくなる私たちだと思うので、一度だけ、それを残しておこうと思う。 きみは、だれよりも「聞く力」がある。心地よい頷きと、乱れてしまった会話のリズムを整える力がある。 聞く力があると、なにが大丈夫なのか。 聞く力があると、たくさんの物語に