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パリコレで感動したこと : 新しい時代を創造するファッションデザイナーたち

パリに住んだ1年目のこと。初めてファッションウィーク、通称パリコレに行きました。ストリートスナップカメラマンのアシスタントでした。

ファッションショーというと、とんでもない別世界の出来事だと思っていたのですが、有名でないブランドのショーだと開演ギリギリに空きがあったら入れてもらえることもあるよと聞き、入り口の警備員さんに尋ねてみます。そして生まれて初めてファッションショーを生で見ることができました。感動しました。なんというブランドだったのかも覚えていないし、今思うと服もあんまりで、なんてこともないショーだったのですが、興奮しました。 

ショーはたったの10分。しかしこの短い時間のためにかけられた、途方もない人数の途方もない時間と途方もないエネルギーが一瞬に凝縮された厚みを肌に感じたのです。鳥肌が立ちました。その時「私も絶対ファッションショーにカメラマンとして来たい!」と誓ったのでした。


そのあと運良くストリートスナップの仕事をいただいて、次のファッションウィークからはアシスタントでなくカメラマンとして写真を撮りに行ったり、バックステージの写真を撮る機会をいただいたり。ショーを見るだけでなく、ショーの裏側を覗けることもあったり、とても楽しい経験ができました。でも有名なブランドのショーを見ても次第に初めて見たショーほど感動することはなくなっていって、なんにでも慣れてしまう自分に少しがっかりもしました。

でも一度だけ、初めてよりも圧倒的に心揺さぶられるショーを生で見ることができました。


それがThom Browneの2017年春夏コレクション。


街の中心から離れた会場。それだけでもちょっと面倒な上になかなか始まらないショーに招待客たちが痺れを切らし始めた頃、『ジョーズ』の怪しげなイントロが鳴り出し、サメが現れ、同じ被り物をしたモデルたちがゾロゾロと出てきます。何が起きているのかさっぱり分からず混乱していると、ビーチボーイズの軽快な夏のイントロが始まって、ようやくコレクションのルックが現れる!

大興奮でした。



ファッションショーと言えばドラマチックな音楽が大音響で流れる中、着飾ったモデルたちが列を成して歩いて来るものだと思っていました。ところが本当に工夫しようとすれば、こんなこともできるんですね。どんな分野でも他と違うこと、革新的なこと、そして面白いことをしている人に惹かれます。


ファッションショーをするには途方もないお金がかかります。場所代、ステージのデザイン、その制作、現場建設、音響、人件費、モデル、みんなのご飯も必要だな、などなど思い付くだけでもいろいろありますが、実際にはさらに想像以上のお金がかかることでしょう。小さなブランドのショー会場の当日の場所代を聞いてたまげたこともありました。


ましてやこれだけ凝ったショーを作るとなると想像がつきません。それもたった10分やそこらのためにです。これだけの演出をするならモデルのリハーサルも大変でしょう。まっすぐ等間隔に歩き、フォトブースできちんと真ん中でポーズをとる標準的なショーでも、50人もモデルがいればリハーサルは大変です。


こんな凝ったショーができるということは売り上げで回収できる見込みのある優良企業ということではないでしょうか。そしてそれだけ大きなお金を動かせる人、影響力のある人こそ、逆に革新的な挑戦をするのは難しくなるもの。そういうところにいるトム・ブラウンが新しいこと、面白いことをすることにお金をかける。そこがめちゃくちゃカッコいい。新しいものを見せてもらえる悦びに打ちのめされたのでした。


しかし改めてyoutubeで見返してみると、生で見た時ほどの驚きはないし、正面から捉えただけの映像は今見ると動きが乏しく助長に感じます。たった5年前のショーなのにもう古くなってしまう、ファッション業界の新陳代謝の速さには恐ろしさを覚えます。

コロナ以降、ファッションショーは現場での見せ方以上に配信での見え方に工夫を凝らすようになって来ています。時代が変わり、これからまたどんどん新しいショーの形が作られていくのでしょう。


例えばBALENCIAGAの2022夏コレクションではレッドカーペットを模したステージでリアルのショーを行った後、第2パートではアメリカのアニメ『ザ・シンプソンズ』とのコラボレーションアニメを上映したそうです。時代を先取りした非常に巧い見せ方だと思います。ファッション界の重鎮もアニメキャラとしてカメオ出演している他、バレンシアガで働いているスタッフの外見も忠実に再現されているそうです。



リアルタイムでは見ていないけれど、今見ても色褪せることなく新鮮な驚きをもたらせてくれるのはアレキサンダー・マックイーンの1999年春夏コレクション。ファッションはただ着飾るための道具ではなく、”表現”であるとひしひし感じさせられます。ちょっと長いのですがぜひ18:00以降を見てみてください。さながら映画のワンシーンのようです。



『マックイーン : モードの反逆児』というドキュメンタリーでもAlexander McQueenの凝りに凝ったショーの一部を見ることができます。40歳で自ら命を絶ったデザイナー。その突き抜けたクリエイションの素晴らしさと悲しさの両面が胸に残る印象的なドキュメンタリー映画です。



多分どんな業界でも同じだと思うのですが、ちょっとでもテンプレートから外れたことをしようとすると倍のコストがかかるもの。


例えば撮影の仕事でもそうです。人と違うライティングをしようとすると機材コストがグッと上がる。見たことのないものを作ろうと思ったらコストも時間もエネルギーも倍かかる上、失敗するリスクも倍になります。挙げ句の果てに作品の違いが分かるほど目の肥えたアートディレクターもクライアントも顧客もいない。
なるほどだからみんな同じようなライティングで同じような写真を撮って同じような広告ばかりなんだなあと感じます。

ところが時々現れる、停滞した世の中に風穴を開け新しいものを見せてくれる人たち。まだまだいろんな可能性があるんだと目を見開かせてくれる革新者たち。ビッグネームになるほど責任は重く、新しいことをすることは難しくなる。しかしだからこそ成功したときの世の中への影響力は果てしなく、やる価値がある。


でも作る側だけじゃない、観客にも責任があります。目の肥えた違いの分かる観客がいなくなってしまったら、大量生産の無難なテンプレート作品しか生まれなくなってしまいます。服だけじゃない、料理もアートもインテリアもデザインも映画も本もなんでも。でもそれでは面白くないし、それは私の住みたい世界じゃない。自分の好きな面白い世界に生きるためにも、せめて感性を磨く努力はしたいし、面白いことへのアンテナはいつでも張っていたいです。


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