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春の湖と憂うつの乗り越え方

放浪の末にオレゴン州ポートランドにたどり着き、住み始めて3年目に突入。映画AKIRAのように荒れるアメリカの情勢の中、日々生きる希望をポートランドでコツコツ集めている。住む街のいいところを見つけることは、わたしの人生のいいところを見つけること。アメリカ人の夫マックスと、飼い犬の餅(もち)と暮らしてます。1988年生まれ、鎌倉育ち。


2022年の3月の話。

ポートランドの長引く雨季に、将来への不安、今後の見通しのつかなさが重なって、すっかり落ち込んでしまった私を見て、アメリカ人パートナーのマックスが、どこかに行こう、と誘ってくれた。精神的なストレスが体にも影響してしまっていたのか、生理も数週間遅れていた。

普段外出を提案するのはどちらかと言えば私の方で、マックスは家にずっといても気にならないタイプだから、マックスから言い出してくれたのが嬉しかった。次の土日がちょうど春分。マックスが彼の会社の上司にかけあって、月曜日も休みを取って3連休にしてくれた。

どこに行こうか。2泊3日しかないから、ポートランドからあまり遠すぎないところ。予算もそんなにないので、手ごろな価格で清潔そうな宿。もちろん、飼い犬の餅(もち)も宿泊可能なところ。アメリカは、日本よりも犬の宿泊を受け入れている宿が多いので、犬がOKの宿を見つけるのはそこまで難しいことではない。ドッグシッターのサービスも充実しているけれど、うちの場合は一緒に連れていってしまった方が楽だと考えるタイプ。

宿の周辺が自然豊かで、犬と散歩できるスポットがたくさんあるロケーション。おいしいものが食べられるとなおさら嬉しい。そういうことを色々考えて、ポートランドがあるオレゴン州の北に位置する、ワシントン州にあるクシュマン湖というところに決めた。ポートランドの自宅からドライブで3時間弱の道のり。

宿は、湖のそばの森の中にあるキャビンに決めた。AirBnBを使って見つけた。ワシントン州の天候は、ポートランドと同じ、雨季の真っ最中で、曇りと雨がちなのは変わらない。けれど、数日でも見慣れた景色からはなれるだけで、きっと気分が変わる気がした。

3時間ほどのドライブの後、到着したクシュマン湖は、雨季にもかかわらず、なんと晴れていた。空も青く、湖も青かった。空気は澄み切っていた。こんなに気持ちがいい晴天は本当に久しぶりだった。湖の周辺を楽しんだあとに、森を散歩してもまだ晴れていた。すごい幸運に恵まれたと思った。

そして、天気がいいだけで、こんなに気分の重さ、落ち込みも和らぐのかとつい驚いてしまう。自分だって、このままずっと憂うつなわけじゃないんだな、と少し安心する。

2人用のベッドが、屋根裏?ロフトスペースにある。庭に鹿が来る。
    宿からすぐのクシュマン湖。
ハイキングトレイルをみんなで楽しむ。


ちょっと早い夕飯を食べに、「ハマハマオイスターズ」という牡蠣と貝類の店に出かけた。宿から車で15分のリリアップという街にあるこのお店、夕方の5時で閉まってしまうのだ。さらに変わっているのが、席が全部、屋外に設置されていること。貝類を調理する鍋まで外に置かれている。お店のすぐ横には太平洋が広がっていて、開放感がある。寒さ対策として、全席にヒーターがつけられていて、焚火コーナーも2か所あり、フリースのブランケットを好きなだけ貸してもらえる。

アメリカ人は、貝類を好んで食べるイメージがあまりなかったけれど、お店はなかなか混雑していた。

お店の横の海でとれたばかりの生牡蠣やあさり、それから「パープルセイボリークラム」という紫色の貝殻を持った、味はあさりとそっくりな貝を、私もマックスも無言で食べた。テーブルには空になった貝が山のように積みあがっていった。紫色の貝はココナッツカレー風味の味付けで、あさりは、オーソドックスに、白ワイン煮。どっちのメニューも、それぞれ2人用分くらいの大きさの取っ手のついたホーロー鍋に入っていた。貝の出汁がしみ出したスープは、ついてきたパンにしみこませて食べた。

ヒーターがあっても、あるものをどれだけ着込んでも、吹きすさぶ海風はやっぱり冷たかった。でも結局は寒さより、新鮮なシーフードのおいしさが勝つ。久しぶりに、力のあるものを食べた気がした。犬の餅も連れていった。餅はテーブルから漂う海の貝の珍しいにおいを一生懸命嗅いでいた。

とれたての牡蠣、4種類くらい違うのを合わせて出してくれた


どっしりとした、それでいて穏やかな存在感の先住民のおじさん(先住民ですか、とは聞いてないけれど、きっとそうだと思う)が、私たちのテーブルを片付けるついでに、「おいしく食べたか?あさりや紫色の貝の味付けはもう少し濃い方がいいと思うか?」と優しく聞いてくれた。「すごくおいしかったです!」、と答えると、おじさんは嬉しそうに笑ってくれた。おじさんは、ポケットから犬用のクッキーを取り出して、餅に食べさせてくれた。

夜はキャビンで、ホットココアを片手に映画「かいじゅうたちのいるところ」を見た。キャビンに備え付けてあったテレビでNetflixが使えたのだ。全然知らなかったけれど、この映画が撮影されたのは今私たちが住んでいるオレゴン州だったらしい。しかも、主人公の名前が「マックス」。主人公の子が、誰にもちゃんと相手にされていなくって、目を離したすきに、いつどこに消えたっておかしくない感じ、そして、「かいじゅうたち」が抱える、感情的な葛藤と、それを相手にうまく伝えられない苛立ちが、胸に迫ってきてつい涙しちゃった。

次の日の春分の朝、目を覚ますと、柔らかい太陽の光が、キャビンの窓から差し込んでいた。その光は、やっぱり、冬のものでも、夏のものでも、秋のものでもなくて、春のものだった。朝の金色の光に染められた空気の中でくるくると舞うホコリを、ベッドの中からぼうっと眺めた。

そして、3週間遅れていた生理が突然始まっていることにも気がついた。昨日、栄養のある貝類をたくさん食べたから?それとも、気分転換してリラックスできたから?どちらにせよ、なんだかほっとした。

別に、ちょっとした小旅行に出かけたからって、悩んでいたことが突然消えたわけではない。でも、この旅を通じて、ちょっと楽になっている自分がいた。正解や答えが見つかったわけでもないのに。なんでかな。マックスが助けの手を差し伸べてくれたおかげで、一人で閉じこもって悩んでいる自分に気がついたからだろうか。自分の中の、新しい場所に対する好奇心や、おいしいものに対する欲を感じられたからだろうか。

大きな答えが出せなくても、大きな動きが取れなくても。
こういう息が抜ける瞬間を、小さくてもいいから自分にプレゼントするように積み重ねていったら、憂うつも混乱も、いつかふと抜けるものなのかもなあ、と思った。

晴れ間とクシュマン湖
森に差し込む春分の光

また「ハマハマオイスター」に行きたいなあと夢見てる度
★★★★★(★5つ中5つ)

はじめまして!アメリカに住んで約11年のNanaoです。ポートランドで日々コツコツと楽しみを見つけて生きてるよ。もしよかったら↑のリンクからInstagramも見てみてね。