ギャル、勇者になる 23

 それは突然やってきた…!
「全然帰ってこないと思って見にきたんだが……まさかしらねぇ奴に稽古つけてたなんてなぁ!ハッハッハ!笑っちまうぜ!」
 …あ、ウチ、桜河真奈!一緒にエーヴァック王を討伐するために力を貸してくれるというブラッドさんに戦い方のレクチャーを教わってたんだけど…
 なんか「来た」の!ワケワカンナイ感じになりそうなんですけど!
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「…イキーシン、どうしてここに!」
 驚きの表情を見せたのはブラッド・エーヴァックである。
「どうもこうもお前さんたちがレイラを取り返してくるのが遅いから来たんだろうが!」
 イキーシンと名乗る男性。白髪に黄色の髪の混じる、170センチ以上あるだろうそこそこな背丈である。
「あれ……」
 ふとウチは気付く。彼の腕にはレティさんの肩当てなどに描かれている「剣に巻きつく蛇」の紋章が彫られていたのだ。
「レティさん、ブラッドさん、この人って…」
「この人は私たちの兄弟の1人、イキーシン・エーヴァックです…!」
 レティさんは言う。
「私たちエーヴァック一族の王、アルヴォーク・エーヴァックに仕える幹部は8人の兄弟で構成されていて、名を<<八岐騎士(ヤマタノキシ)>>という。覚えておくといい」
 続けざまにブラッドさんが教えてくれた。
「八岐…あ、あれか!ヤマタノオロチか!」
 8人で1個の部隊。その全てを自身の娘息子にすること自体には特に疑問は抱いてなかったが、部隊の名前を聞いたことで彼の拘りの理由が分かった気もした。
「自分が腹で、そこから伸びる8本の首と尾…なるほどねぇ〜…」
 そうウチの横で感心しているのはこの館の主の一人娘、セレナ=エーカトールだった。
「おい!今の空気感…まさか寝返ったんじゃねぇんだろうなぁ!」
 感心するウチらに痺れを切らしたのか、イキーシンは叫ぶ。
「いや、別に」
 その質問に即答したのはブラッドだった。
「じゃあどうしてそっちの野郎と話してんだ!?」
 イキーシンも少し困惑しているが、それはウチやセレちゃんも同様である。
「勘違いするな真奈、セレナ。私はあくまで『レイラ奪還』のために協力しているに過ぎない」
 独特の緊張感が走る。
「なんだ、それならよかった……じゃあ早速そいつらを殺してくれよ!姉さんがたよ!!」
 イキーシンがそう口を開いた瞬間である。
「…!?な、なんだよ…!」
 彼の数ミリ横を縦に長く、若干の扇型の斬撃が走る。ウチにはそれが『蛇目一閃』である事がすぐに分かった。そして今、敢えてギリギリ当たらない位置に打ったのは言うまでもなかった。
「妹を渡してもらった代わりに、私が女王アトリに出された条件、覚えてるか?」
 ブラッドはセレナに目を向けて言う。
「え〜…『エーヴァック嬢の依頼を手伝う』だっけ?」
「そうだ。そして…真奈、私の妹が言った依頼はなんだ?」
 今度はウチの方を向いて問う。
「『エーヴァック王の討伐』…」
「そうだ。じゃあもし、この依頼が完遂した場合、エーヴァックの権威はどうなるか…この8人の戦士たちはどうなるか…分かるか?」
 後から聞いた話ではそこまで聞いたウチとセレちゃんの顔には翳りは無くなっていた…らしい。
「そう言う事だ、イキーシン。お前の相手は…ここにいるお前以外全員だ!」
 その言葉と同時に、もう一度斬撃が飛ぶ。しかしこれは流石のイキーシンも横に飛び回避する。
「そうかい!じゃあコッチの弱そうなやつから先に片付けるから姉さんたちはそこで待ってな!!」
 態勢を直したイキーシンの一気に目が赤く光る。
「蛇鱗空間(ジャリンクウカン)!!」
 彼がそう言うと、蛇の鱗のような模様が描かれている薄い壁が周囲を覆う。そこの中に入れられたのはウチとセレちゃんだけである。
「真奈……これこの壁、オーラで出来てる」
「…もしかしてこの中に閉じ込められたって事?」
 なんとなく予想はできたが、確認のためにウチはセレちゃんに聞く。
「恐らく。ちょっと見てて」
 そういうとセレちゃんは壁の中と外に「大きな穴」を作り出す。以前ウチをこの館に連れてくる時に使った「特定の地点を繋げる穴」である。
「ほら…分かる?」
 そうセレちゃんが言った瞬間、壁の外側の穴がガラスのように割れた。
「えっ……!」
 ウチは驚く。いくらなんでも穴を作った瞬間に破壊されるような事はないと思っていたからだ。
「今イキーシンが貼ったこの薄いバリアのような壁は『閉鎖結界』と呼ばれる類のものなの」
「『閉鎖結界』…」
 するとその話を聞いていたイキーシンが不敵な笑みを浮かべ、コチラに近寄ってきた。
「よく知ってるなそこの金髪。そうだよ、これは閉鎖結界の1つだ。オレがここを解除しない限りは空間を移動するような術はこの中の何処かにしか移動できねぇようになってる」
 喋りながらもズンズンとコチラへ歩いてくるイキーシン。
「つまりはねぇ…こうやってお前さんらを蹴って吹っ飛ばしてもその壁にぶち当たって背中を怪我するって事なんだわ!」
 その言葉とほぼ同時。一瞬のうちに詰め寄られたウチはモロにイキーシンの蹴りを腹に喰らう。
「ガフッ!」
 これが、本当の『一撃』。
 今までまともに戦ってきていないウチにとって、何の気なしに放たれるこの一撃ははてしもないくらいの強さに感じた。
 …と考えられたのは蹴りで吹っ飛ばされて壁に激突した後の話である。
「真奈!」
 ちょうど反対側、距離にして50m程向こうに居るセレちゃんが叫ぶ。そうかあんなところから吹っ飛ばされたのかウチ。
「よそ見してんじゃあねえぞ金髪!」
 心配してくれるセレちゃんに構わず突っ込んでいくイキーシン。
「セレナ!」
 ウチは咄嗟に叫ぶ。
「セレちゃん呼びじゃないの、珍しっ!…でもこんなんじゃあ怯まないよアタシは!」
 そう言った直後、セレちゃんは自分の直下の空間に穴を開け、飛び込んだ。
「なっ!」
 突然穴に落ちたセレナに戸惑うイキーシン。攻撃態勢をやめ、その場で周囲を見渡す。
「どこ行った…!?」
 その言葉を発した瞬間、彼は思い切り地面に叩きつけられる。
「!?!?!?」
 攻撃されたイキーシンを含む全員が驚く。
 それもその筈、先ほど消えたセレナが落ちた瞬間の速度の倍以上の速度でイキーシンに対して『踵落とし』を行ったのである。
「………ウグッ………!」
 あまりの力の加わり方になかなか立ち上がれないイキーシン。
「空間と空間を接続するこの次元ホール…終点を決めない限りは無限に虚無空間に落ちていくの。コレを利用すれば数秒でかなりの速度になるわ」
 再び態勢を立て、攻撃した事でついた塵を払いながらセレナは言う。
「…つまりこの状態で終点を決めて落ちてきたらどうなると思う?」
 そう発言するセレナの顔はとても不敵で、しかしどこか楽しそうな雰囲気だった。
「そう、これがアタシの戦い方!エーカトール式ルチャリブレ!」
「エーカトール式…」
「ルチャリブレ…!」
 蛇鱗空間の外から見ているブラッドとレティは思わず呟く。
「空間を飛び越えて、無限の虚無をくぐり抜けてアンタに攻撃するから!覚悟しなさい!!」

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