終わりそして始まり

卒業式の間ずっと、君は不機嫌そうに青いパイプ椅子に座っていた。
鼠色のセーターの袖で顔を覆って泣く同級生の女子達は、あまりにも湿っぽく、僕はなんだか気持ち悪いと思ってしまった。
普段は口を開けば色んな同級生の悪口やら先生への不満しか言わないくせに。
全て涙で浄化しようというのか。
思わず目を横に逸らしたら、口をへの字に結んだ君が見えた。ずっと唇を噛み締めていたのだろうか。血の気のない顔に、唇だけがとても赤く映えていた。

式典が終わり、教室に戻ってきた。
担任の指示のもと、名前の順で一人一言ずつ喋ることになった。
普段は担任の指示に意を唱えるしか能の無い級友達も、しおらしく従っている。
ふざけながらも友人や先生に感謝を告げる男子生徒、泣いて喋れなくなった友人からもらい泣きをする女子生徒、とにかく教室中がきらきらとした世界に移行しつつあった。

かたん、と椅子を押し退ける音がした。
君が立ち上がったのが見えた。
立ち上がってからも暫く君は黙っていた。
みんなの目線が君に集まった。
担任の先生もタオルを握りしめながら君を見つめている。
君はすうっと息を吸い、黒い髪を一振りして一言、
「さようなら」
と告げた。
そしてまた椅子にかたんと腰をかけた。
僕は急におかしくなった。
次の番は僕だ。
静まり返った教室に、大きな音を立てて立ち上がり
「さようなら!」
と告げた。

最後のホームルームが終わると、皆、仲の良かったグループや部活動の仲間達で集まりだした。
女子達は卒業アルバムに寄せ書きを書き始めた。
後輩たちが、挨拶するために教室を覗いている。
君はどうするんだろうと見回すと、1人で教室の後ろのドアから立ち去ろうとする後ろ姿が目に入った。
「おい、これから部活のメンツで校庭に集まって写真撮ろうぜ」
気心の知れた級友の声に、悪いけど先に行ってて、と答えてから、人混みをかき分け、僕は君を追いかけた。

昇降口まで降りていって、漸く君に追いつくことができた。
がらんとした昇降口には、僕と君の2人しかいなかった。
息を切らす僕に、君は不思議そうな目を向けた。
「どうしたの」
伝えたいことは確かにあったのに、何を言ったらいいか、わからなかった。
僕たちは暫く見つめ合っていた。
やがて君は桜の花がほころぶかのようにぱあっと微笑んで
「またね」
と言った。
僕は投げかけられたその言葉をしっかりと受け止めた。
そして僕も、笑いながら
「またな」
と君に伝えたのだ。

また僕達の人生は未来で交わるのだろう。
その未来が楽しみだ。
白い光の中に去っていく君の後ろ姿を、僕は暫く見つめていた。

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