かぐや姫の一夜

東京のビル街を吹く風は、私のタイトなスカートの裾をはためかせ、闇の中へ消えていった。
歩道橋をカンカンと駆け上がって振り返ると、あなたは息を切らしながら私のことを眩しそうに見つめていた。
車のライトに下から照らされて、私は笑っているように見えただろうか。
だとしたらあなたは大莫迦だ。
あなたは、銀座にある外資系のホテルの一室を私の為に用意した。
分厚い窓ガラスに隔てられた下界では、新幹線がまるで巨大な白蛇のように滑らかにうねって立ち去っていった。
時折分厚い雨雲の隙間から稲光が光るのが見える。
カーテンを開けたまま、シャワーも浴びずにまぐわう私の瞳に、その光は反射した。
あなたは私の脚を執拗に愛撫した。
私のつけていたアンクレットに目を留め
「美しい」
と囁いた。
私はそれをかつて夏休みに、親友と貴和製作所で作ったことを思い出す。
どうして男性はアンクレットに欲情するのだろう。
オードリーヘップバーンの映画でも、歳上の男性がオードリー扮する女学生のアンクレットに、他の男性の影を感じて激情を露わにしていたっけ。
あなたは私に覆い被さるようにして、執拗に粘膜と粘膜を擦り合わせる。
私の首筋に顔を埋めるから、吐息を漏らす私がどんな表情をしているか、知ることは叶わない。
オゾンの映画に「2人の5つの分かれ路」というのがある。私は以前その映画を観た時、主人公の女性がセックスをする時の虚ろな表情に怯えたのだった。きっと今、私も同じ表情をしているのだろう。
あなたは、擦ったり突いたり、色んなことを試した後に漸く気を遣って、満足そうに私を抱きしめた。
私の顔に張り付いた髪の毛を撫で、愛おしそうに見つめながら
「気持ちよかった?」などと訊いてくる。
私は嘘を気取られない様に、目を伏せながら頷く。
きっと殊勝な乙女に見えたことだろう。
あなたは、私を育てているという気概を持っているから。
いつのまにか雲は途切れ、中空に満月が浮かんでいた。
誰にも侵食されない怜悧な光は、私達の嘘も浮かび上がらせてしまいそうなくらいに強い。
そちら側に引きずり込まれそうになり、慌ててあなたを抱きしめた。
あなたに対する憐憫の情がぽっかりと浮かんでくる。
もしかしたら、これを人は愛というのかもしれない。
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