僕の彼女

僕の彼女はよくもてる。
この間もターミナル駅から乗り込んだ山手線で、隣にいた大学生達が僕の彼女の話をし始めた。
「横田、羽柴ちゃんに告白したらしいよ」
「羽柴ちゃんって、この間軽井沢で出会った綺麗な子?黒髪をカチューシャで纏めていたお嬢様っぽい子だよね。たしか、高校生だったっけ」
文庫本に目を落としていた僕は、思わず目をあげた。
彼らの話す羽柴ちゃんは、僕の彼女のことだと見当がついたからだ。
「羽柴ちゃん、とっても綺麗だし性格も良くて、告白したくなるのはわかるけどさ、彼氏いるんだよな。案の定、横田は振られたみたいだよ。まだ未練たらたらだけどね」
僕は、彼らに気付かれないように深呼吸をする。
文庫本の中の文字列は、僕の周りを踊るだけで、ちっとも物語の中にいざなってはくれなかった。

その週の最後の平日、僕は二週間ぶりに君の顔を見ることが出来た。
夏休みの後半、彼女は軽井沢の別荘に避暑に行っていたそうだ。
久し振りに会う君は、夏休みだったというのにちっとも日焼けをしていなかった。
「久し振り。ゆうくん日に焼けたね!」
白い歯を見せて君は笑った。
白いブラウスに紺色のプリーツスカート。
制服の質素さが、君の美しさを一層引き立たせている。
街に溢れる、制服を着崩した女子高生達に見せてやりたい。
本当に美しいのなら、どんなに垢抜けない制服ですら、人格の引き立て役になるのだと。
僕は、ローファーを磨いておけばよかったなぁ、なんて思いながら、君の学生鞄を持った。

「夏休みの間、年上のお姉さんとかにナンパされなかった?」
カフェで軽井沢のお土産を貰ってひとしきり報告を受けた後、君は僕の夏休みの過ごし方を聞きたがった。
君の話題には、告白されたことも、大学生の知り合いができたことも、含まれていなかった。
「年上のお姉さんって、なんだよそれ」
僕は、アイスコーヒーのストローを指で掴みながら冗談めかして笑ってみせた。
本当はアイスコーヒーはお腹が痛くなるからあまり得意ではない。
君の持っている季節限定のフラペチーノの方が、本当は飲んでみたかった。
「なんか、夏休みだからそういう出会いあってもおかしくないかなぁって」
君は尚も言い募る。
「君は、夏休みかどうかに関わらずいつも、他の女性の影を気にするじゃないか」
そう言おうとして、言えなかった。
このあいだの大学生の会話を思い出してしまったからだ。
口をつぐんで俯いた僕の頬を、君は白魚のようなほっそりした指で突いてくる。
「そういうことは全くなかった」
僕がそう告げると、君は満足そうに微笑んだ。

最近わかったんだ。
君がどうしてそんなに僕の周りの女性を気にするのかってことが。
君の周りに沢山の男性が寄ってくるからだね。
君のことだから、自分がもてるなんて自覚は無いだろうし、僕も自分くらい多くの異性に言い寄られていると考えていることだろう。
でも、そのような事実は全くないから安心してくれ。
君は、今は僕のことを好いてくれているようだが、もしかしたら突如現れた見知らぬ人に心惹かれてしまう可能性だって無いわけでは無い。
でも、君はその日が来ることを心配することは無いんだよ。
僕にとって君は唯一の存在だが、君にとっての僕は、現時点での"一番"なのだろう。
これから先、沢山の選択肢が君の前に現れて、君は困惑したり、味見をしたり、するだろう。
僕はそれでもいい。
あっちへ行ったりこっちへ行ったり、たくさんつまみ食いして、最後の最後に
「これだ!」
って僕を選んでくれたら、僕は君の手をとって一緒に歩き出すよ。
安心してくれ。
その時まで僕は待つことができる人間なんだ。

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