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筑波大学ハンドボール部を辞めた話

インカレロスをしているみなさま、こんにちは。

筑波大学体育専門学群4年の髙木七実です。

ちょうど同期が学生大会ラストを終え1人でインカレを観てぼろぼろ泣いていました。笑

インカレが終わり「あぁついに終わっちゃったのか」という寂しさで今日まで余韻に浸りまくっていましたがここが大きな節目かなと思い、私がハンド部を辞めた理由と筑波大学ハンドボール部の理念について書いてみようと思います。

退部のタイミング

筑波では4年生のインカレ、日本選手権までが現役として活動できる期間になります。

その中で私は3年生の日本選手権後に退部をしました。

決断して辞めるまでがすごく短い期間だったためチームの方々にはかなり迷惑をかけてしまいました。(この場を借りて謝罪させてもらいます...本当にお世話をおかけしました。)

退部の理由

私は3年生の夏から4年生の春までは(一応)就活はしました。ただ説明会や面接に行けば行くほど自分が社会の一員としてどう働くのか、何をしたいのかがわからなくなってしまいました。

それでもなんとなくあった私なりの将来なりたい自分は【スポーツやハンドボールに携われることをしながらも、家族との時間を大切にできる人生を送ること】でした。

ちょっとかっこ良すぎるので等身大の言葉でいうと【自分の好きなことして家族とハッピーに暮らすぜ〜】っていうわがまま極まりない感じです。笑

じゃあそんな自分になるためにはどうしたらいいの?ということをひたすら自問自答していたのですが解決策が見つからず両親に相談してみました。

父親からの提案

両親に相談したところ父親がポロッと「自分がやっている仕事を手伝ってみないか?」と誘われました。

父親は『船の個人売買サービス』をやっており、私は船のことは何も知らなかったため踏み切れずにいました。

その後、父親から今の仕事を委託する形で任せようとしている人がいること。その方が映像会社を持ちながらも新しくクルーズ事業で会社を立ち上げることを聞きました。

「とりあえず、会ってみたら?」

その一言で私はその方に会いに行ってみると、とても魅力的な方でやろうとしていることやその熱意に共感しこの人と会社を起こすの楽しそうだなと一瞬で心を奪われ一緒に働いてみたいですとその場でお伝えしました。

その後父親に連絡すると、
・既存にある事業(船の個人売買)の運営をしながら新しい事業(クルーズや映像を用いる事業)の立ち上げを同時に経験できるチャンスはなかなかないということ
・もし今後自分で会社や事業を起こす時には必ず役に立つ経験であること
・自分の仕事を少し任せてみたいこと
などたくさん、父親であり経営者としての助言をくれました。

その後

私自身スポーツに携わる仕事を直接的に探すよりも、まずは違う世界で経験を積みそこから自分なりの視点を持ってスポーツにアプローチできたらと思っていたのでこのチャンスに乗っかってしまえ!と半ば勢いで携わることを決意しました。

ですがもちろん「東京で社会人として働く」と「筑波でハンドボールを現役で続ける」という両立はほぼ不可能。

場所的な問題、時間的な問題があるのは当然のこと何よりどちらも中途半端にしたくなかったというのが本音です。

決断の理由

筑波の女ハンはほんっっとうに素敵なチームです。

部に関わる全ての人がハンドボールに真摯に向き合い、お互いをリスペクトしながら切磋琢磨し本気で日本一を目指す場所です。

その場所にいる限り私自身もその1人でありたい、あるべきという思いがありましたし、それが中途半端になるのであればどちらかに絞るしかないと思っていました。

ハンドボール部の理念

最後の決断をする際に決め手になったのは筑波大学ハンドボール部の理念です。

私たちはハンドボールを通じて人々の成長と文化の発展に貢献し,自信や勇気,誇りを持って社会に出ていくことを基本理念としています。
また(1)魅力的なハンドボールを追及し,発信すること(2)ハンドボールを科学し,新しいハンドボール観を探求,発信すること(3)ハンドボールの楽しさや魅力を伝え,ハンドボールの普及に貢献することを使命として活動しています。

自分は筑波大学ハンドボール部の一員として3年間過ごしてきて何ができたのか。今後何ができるのか。この理念を読みながら考えました。

その結果ハンド部での経験をもった上で、今あるチャンスをものにして成長しそれらを糧にハンドボールの楽しさや魅力を伝えられるような人になろう。と思い選手を辞めて社会に一歩先に出る決断をしました。

目指すべき方向

選手を最後まで続けている同期を始めチームのメンバーとは確かに違う道へ進むことにはなりましたが、ハンドボール部の一員だったものとしてハンドボールを通して目指すべき方向は同じだと思っています。

辞めることへの悔しさやチームを離れる寂しさはもちろんありましたがこの理念がハンド部のみんなと唯一繋がれるものであり、この理念があったからこそ今の決断ができたと思っています。

さいごに

筑波ハンドボール部のOB,OGの方々には数多くハンドボール界に貢献していらっしゃる先輩方がたくさんいます。

その方達には到底追いつくことは難しいですが、数年後には微力ながらもハンドボールを盛り上げられる人になれればと思っています。

そして今やっている仕事にも誇りを持ち、自分なりに葛藤しながらも周りの方々のお力添えをいただきながら成長し貢献できるように頑張ろうと思います。

今後も陰ながら応援してくださると嬉しいです。

長い文章を読んでいただきありがとうございました。


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